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椎間板ヘルニアの手術から長い時間が経ってしまいました。
リハビリでお世話になった理学療法士のSさん。
理学療法ってすごいんだなと初めて知るきっかけになりました。
入院中に親友のお父さんが他界され💦
リハビリは自分の中で6月30日(1ヶ月)と決めていて、何とか歩けるまでに回復しました。
階段などは掴まらないと危険な状態ではありました。
働かないと、、、我が家は専業主夫の夫なので、私が働くしかなかったので、根性で復活しました。
今だに、右膝の痺れや麻痺はありますが、生活するには何とかなっています。
物を拾う時は膝をつく、片足を後ろに伸ばすなど、工夫して作業をしています。
この麻痺。調べると6年程治癒にかかる方もいるみたいです。
なので、焦らず、再発だけはしない様に、過ごしています。
その間、84歳の母の認知症が発覚。
あれよあれよという間に進行していて、妹と私で休みのたびに様子を見たり買い物に出たりしています。
85歳の父は未だに自動車の運転をしていますが、重たい買い物は大変らしく。
なるべく水や重たい物は買って届けています。
あれだけ家庭菜園を丁寧にやってきた筈の母の畑は草ボーボーに伸びまくり、妹と少しずつ草取り、苗を植え付けしました。
慣れない作業で、ヘトヘトになりながら耕せた畑は6分の1。
なぜ母を手伝ってあげなかったのか、反省の思いです。
先月、母の姉に当たる89歳の叔母さんが他界し、父は足があまり良くないのもあり、妹と母で葬儀に出席、49日法要は私も一緒に参加しました。
母は悲しむというよりもぼんやりして参加していた感じです。
寂しい事ですが、母に、父に対して
妹と二人で出来るだけの事をしてあげようと思っています。
親不孝な娘達でごめんね💦
ここからは出来事のみの箇条書きです。
5/27 尿管を抜いてもらう。
神経の薬を出してもらう事に 朝、夜2錠ずつ。
腰の痛みはかなり良い。
理学療法士さん対応。
昨日よりかなり改善。
5/28 夕方に初めて便あり
夜になり右足が少し改善。
5/29 朝の回診時、右足がかなり改
善しているのを伝えた。
仰向けで膝のあたりも少し上げ られる。
足首だけは上げられない。
やっと!シャワー。
気持ちいい。
傷口が痒い。仕方ないのかな。
5/30 歩行器解除。
手術して下さった先生は
38歳でした。
凄いなぁ〜。優秀だなぁ〜。
関心してしまった。
歩行器は日毎に良くなってい
ると思う。
転びやすいので、それだけは 注意⚠️👀
5/31 職場の友人が必要な物を差し入れ
6/1 看護 学生さんラスト。
一生懸命にお世話していただきま
した。感無量でお互いに泣いちゃ いました。
心のこもったお手紙をいただく。
リハビリ進歩してきたかも?
6/2 職場に状況報告の電話。
息子が来院。
6/3 6/4 土日のためセルフリバビリ
現在の病院は救急病院のため、転院先を探してもらっている最中です。
回復までまだまだ続く〜
もう、初めから総合病院にいくべきだったなと今更ですが。
5/20
F病院で撮影したMRIのデータの入ったCD-Rを持ち、S整形外科へ向かいました。
そして到着するとそこにはいつものS院長ではなく、I先生という若い先生が休日当番医として診察していました。I先生は画像を見るなり、神経をかなり圧迫してますね。
僕はI市民病院で椎間板治療のチームなんです。I市民病院にすぐに入院手続きさせますね。
この先生との出会いが本当に良かったです。
5/22
日曜を挟む為、月曜の午前中に紹介状を持ってI市民病院の受付へ。自宅で過ごすのは不安でしかなく、夫は整体が悪かったかな?と接骨院の先生を疑ったり。
でも日に日に悪化していただけかと思います。
5/23
手術の経過を入れてもらえ、看護師さんも急ぎでよかったですね。などと言ってくださり。
5/24
午後からの手術。
麻酔でいつの間にか終わっていました。
麻酔が残っている中、『これが取り除いたヘルニアですよ』と脂身のような塊がいくつか入った瓶を見せられました。
細かく散らばっちゃって取り除くのは大変だったみたいです。
とにかく麻酔が効いて痛みはないし、手術してもらえた安堵感。だけど、右足の感覚もなければ、動かしも出来ない状態でした。
5/25
思うほど痛みは強くなく(痛み止めの点滴のせいでした)息子が飲み物等を持って来てくれました。
5/26
採寸したコルセットが届く。27750円高い!一旦、建て替えとの事。息子に出してもらいました。コルセットをしたので術後、初めて起き上がった。ふぅ〜。
理学療法士の若い女性が担当になり、少しずつリハビリをしていきますと計画書を持って来てくれた。また手術当日からK大学からの実習生が来ていて、私は了承していたので身の回りの世話までしてくれている。とっても可愛い学生さんたちでとても和んだ。恐らく21歳かなぁ?
車椅子も押してもらったり、至れり尽せりです。
夜には夫、妹、母が来た。まだ病院は1人15分の制限中で💦
ほとんど話せない感じだったけれど。
夜は痛みで眠れず、痛み止めの飲み薬をもらう。
→つづく
MRIの予約を明日、F病院へ予約を入れてもらえる事になりS整形外科より帰宅。もう家庭ではホントに生活出来なくなっていました。
翌日、時間のお知らせの連絡があるという事で、朝から連絡待ちでした。しかし、昼になっても連絡が来ない。F病院へ問い合わせると話が通っておらずイラツ。痛くて少しでも早く見て欲しくて。s整形外科に電話をすると受付女性もよく分かっておらず、『あれ?もしかして、忘れられちゃってる感じですか?』調べて折り返しとの事で一旦、電話を切りました。
ものの数分で電話があり、3時半に予約が取れました との事。なんだかスッキリしなかったけれど。とにかく当日中にMRIをとれて良かった。
5/16
帰宅後、どうにかシャワーをし、主人に湿布を貼ってあってあもらい、ベッドのある2階へよじ登り休みました。寝て起きたら改善すると思って....。
5/17
翌朝、やっぱり痛い。でも私だけの収入で生活してるので、我慢して職場へ行きました。
我慢して、我慢してからの〜
ギブアップで早退。主人に整形外科に乗せてってもらい湿布と痛み止めを処方してもらいました。2月かな?ちょうど三ヶ月前に右足の付け根が痛く、その時にも通院し同様の処置で改善したので、今回も同じ流れで なんて甘く考えていました。
翌日は絶対休めない仕事を残していたので早めにシャワーをして休みました。その時はもう一人で立ち上がるのも難しくなってきていました。
5/18
主人は別件でかかりつけ医へ行く為、朝から出かけて行きました。
12時からの出勤で遅かった為、職場の友人Mさんがお迎えに行くよ!と言ってくれ、自宅から50メートルの県道沿いの目立つ場所までやっと、やっと歩きました。彼女が迎えに来てくれた時にはコンクリートに座り込んでしまいました💦
どうにか車に乗り込み、職場に着き、2時間半で仕事を済ませ、アルバイトのKさんが帰る時に私を送り届けてくれました。
車から降りて、足を引きずるようにアパートのドアを開けました。玄関の上がり口は50cm位かと思いますが、やっと上がりました。
レントゲンはやはり異常なし。
痛み止めに頼るしかありませんでした。
5/19
地元では評判の良い、A接骨院へ。
施術してもらい、丁寧な説明も受けたのですが
帰宅時には下半身は力が入らなくなっていました。接骨院の先生が『これで改善しないとなると、病気や腫瘍も考えられるのでMRIをとった方がいいと思います』そう助言されました。
帰りには昨日の整形外科へ。そしてF病院へ翌日のMRIの予約をしていただき、時間は連絡待ちとなりました。
帰宅時、乗車の際など3回以上転びました。
主人も驚いたでしょう。
ホントに立てない!トイレは這って行き、下着は主人に下ろしてもらい😩→つづく
2023年 5月29日(月)
本文テキスト
私は出勤前に、植木鉢の植物にバケツ1杯の水を、雑だけれどあげてから仕事に向かいます。
植物はそれぞれ可愛いくて、息子や娘から貰ったカーネーションを始め、並びに住む外人さんから分けてもらった松葉菊、去年、娘の家の庭に植えたカモミールなどなど。
それは置いておき、水やりの瞬間、グキッ!ときたのです。腰はめったに傷めないと自負?していた私。
ひとまずその日は本職は休みですが、アパート清掃のバイトの為、主人も一緒に清掃に向かいました。
清掃してからは昨日、父が急遽、入院したため、母を迎えに行き、館林市の大きな病院に向かいました。
父は高熱が出て動けなくなってしまい、救急車で運ばれて来ました。
父は比較的、元気そうでした。面会は15分程度に制限されているので荷物を置き、1階の総合受付のあるフロアへ。
実は親友のお父様も入院していて、親友も同じ時間に面会に来ていました。
その頃には、カートなど掴む物がないと歩くのがきつくなってきていました。
少し親友とお話を済ませ、出口に待つ母の所へ。
車に座り、運転までは何とか出来たんです、グキッと来てから3〜4時間位までは。
母を実家へ送り届け、夫の待つ、車で10分程度の
娘のアパートへ。
娘の家で夕食をご馳走になり、アクセル、ブレーキをやっと踏みながら帰宅しました。→つづく



