僕は、たぶん「選択肢が多いことがいいことである」という考えに囲まれて、日々暮らしていると思う。だから、収入を高くしようと、頑張る。そうすれば、買えるもの、体験などの種類が選べるから。

 

若いときは、より勉強して、いい学校へ行くことなんだろう。これは、本当なのだろうか。、選べることは絶対にいいことなのか?

 

まわりを見渡せば、美男、美女が幸せな結婚生活を送っているとは限らない。これは皆さんも同意していただけるのではないかと思う。一般の人以下ではないかと思えるほどだ。たぶん、相手をかなり選べたはずなのになぜなのだろう??

 

妻と、旅行すると、田舎と大都市では、大都市滞在時の方が、喧嘩の確率が上がる。選択肢が多くて、意見が割れるからだと思う。

 

先進国や途上国を旅しても、外から見て、途上国(というのも失礼な言い方だが)の人たちが、不幸そうには見えない。むしろ幸せそうだ。

 

これは多くの旅行記にも書かれていることで、自分だけの感覚ではないと思う。なぜだろう??先進国の人の方が選べる生活は、理屈上は多いはずなのに。

 

考えられること1つ目は、幸せそうに見えるのと、実際は別であるということ。不幸そうに見える人が幸せで、幸せそうに見える人が不幸であるケース。でもこの理屈は無理がありそう。

 

もう1つの予想は、どの状態でも選択肢の数は変わらないのではないかということ。例えば旅行に使えるお金が5万と50万の人がいるとする。数字上は10倍だ。5万円の人が行ける範囲は、北海道、九州、韓国ぐらいか。

 

50万円だと、北米、ヨーロッパ、南米も入るだろう。でも50万の人の選択肢の中に、韓国とか北海道の選択肢って残ってるのかな。つまり、選択肢の下(?)の方が無くなくなるのではないか?

 

5万しかなくても、工夫すれば、例えば韓国の田舎へ行くとかで楽しめそう。だから数字は10倍に増えても、増える選択肢の数はそんなに増えないのではないか??

 

その割に選択肢を増やす(収入を増やす)のは手間がかかるのではないか?その手間に時間などを奪われて、工夫のために時間がまわっていかないのではないか??

 

そしてもう1つの予想は、選択するのが手間なのではないか??つまり選ぶのに脳に負荷がかかって疲れてしまう。そして、選ばなかった選択肢への未練もあって、ウジウジしやすいのではないか?

 

そしてもう1つは選択肢を増やそうと、あきらめなくなって無駄な時間や体力を使うのではないか?無理なのに。

 

そんな思いを抱えながらも、なかなか選択肢を増やそうとする、努力をやめられない。じゃあお前、途上国へ行くかと言われても困っちゃう。一度選択肢が多いのを手にすると、手放すのが大変だ。麻薬と同じかも。思考停止にして、選択肢増やそうとする。

 

何かにあやつられてるんじゃないかと、思ってしまう。何かって、世界のものすごい頭のいい人が考えた理屈にね。ほら、いっぱい種類が多いでしょ。

 

あなたの望むものより、ちょっと高くていいものが、ほら、あるでしょ、と。そのまま屈服して、鵜呑みにするのもくやしい。ひねくれ者である。