因果律が全てではない。 | UC摂理打開のために360軒ホームチャーチ吟味は必須事項

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2031年アセンションに向けて万全の準備ができたぞ

人生で起こる事象を因果律と共に輪廻思想を加味して考察すれば、より深く人生の意味を知ることが出来る。


もちろん、神の摂理に携わる人の人生も例外ではない。


かつての統一運動で行われていた霊感商法で、印鑑・壺・多宝塔をゲストに売るときに、まず始めにゲストの人生路程で起きた問題(ニーズ)を解決するために、ゲストと先祖との関係を重視した因果律の法則を用いて、先祖が残した課題(ゲストが不幸となる因子)を究明します。これは統一原理のいわゆる「復帰原理」の中に因果律の法則があるからです。しかし因果律の法則だけでは、人の人生で起こる事象の真の意味に触れる事は出来ない。


ところで、


創造原理と堕落論の結論をポイントだけ簡潔に表してみると、人として生まれたならば健全な家庭をもち、家族同士が愛し合うこと。そして不倫をしないことです。


この創造原理と堕落論の言わんとする処の健全な家庭をもち、家族同士が愛し合い、不倫をしないという道徳的価値観は、今の世の中では一般的な社会通念として、多くの人々に認知され受け入れられています。


しかし実際における万人一人一人の人生とは、当然一律には行く筈もなく、様々な人生模様が存在しています。例えば、良心的に生きている人が家庭を持たずに独身でいるとか、あるいは夫婦が愛し合っているのに子供が生まれないとか、経済的理由で離婚しなければならなくなったとか、夫、妻に恵まれず離婚したとか、とにかく例えを上げたら限りがありません。


そして、人が結婚しないこと。子供が持てないこと。離婚したことなど、これらの事象に対して、統一原理の観点から見た場合、その当事者に対しては、神の願う人生を生きていない。本来の原理的位置から外れている。人間として本来の原理的な人生を全うしていないと言う厳しい見解に立つことになります。


確かに、人が結婚しない。子供が持てない。離婚したという、これらの事象を生むに至る因子が、過去の先祖が辿って来た生き様に関係していることは否定できません。


しかし、この因果律の法則によってこれらの因子が究明されたとしても、これはあくまでも因果律の観点からのみの偏った解答であって、これで人が結婚しないこと。子供が持てないこと。離婚したこと。という事象に関して、その真の意味が把握できた訳ではありません。人が人生上で下す選択や決断からもたらされる生き様は、例外なく前世の影響を受けてますし、その基となっているのはアカシックレコードなのです。まず、統一関係者はこの事を頭に入れるべきです。この事を理解しなければ、現在、統一教団のお家騒動によって不和の嵐の中に巻き込まれ往生している一人一人の統一関係者の今置かれた立場や人生の真相に触れる事はできません。

 

輪廻転生と因果律のメカニズム

 

輪廻転生する魂が存在している場とは、時空間のない異次元にあります。ですから、魂は時空に支配されることがなく、先祖の血統(DNA)にも支配されない。その魂という完璧で普遍的な個性真理体が、地上の時空間に縛られている身体に宿り、そして悠久なる時間の流れの中で何度も異なった身体に生まれ変わり、様々な人生路程を歩み経験を重ね、魂を進化させて行くという考え方です。


その魂とは、物質宇宙が誕生する前に唯一無二の普遍的な個性真理体(神の一部)として、高次元に存在していたのであり、その魂が、物質宇宙誕生後に様々な血統を持つ身体に宿るようになったのであります。例えば、白人の身体とか、黒人の身体に過去宿ってきた訳です。


いっぽうで、今の私が病弱で気管支炎を患って寝込んでいたとしましょう。この私の弱い身体は、先祖の家系的な血統DNAを受け継いだ結果です。つまり私の父方の先祖に、私と同じように身体が弱く気管支炎で苦しんでいた祖母の血統DNAを私が引いているからです。あるいは私の祖母が私の背後霊にいて、祖母と似たような人生展開を生きる。このように今生の私の身体とは、両親から生まれ出た者であり、先祖の結実体ですから、非常にたくさんの先祖と血肉で連結しています。


人の魂は、神の一部として直接神から生まれ出たものなのであり、血肉を分けた親兄弟であっても、魂においては種類が違う事は多々あることです。魂は身体的先祖の結実体という訳ではありません。神と直接繋がっています。このように二つの流れがあります。


 


統一原理の原罪や血統に関する考え方は、魂魄の魄という観点での捉え方だ。
魂魄(こんぱく)

 

伝統的な精神世界の教えに、魂魄(こんぱく)という考え方があります。この魂魄とは、一般的には人間の霊魂と解釈されているようですが,正確には「魂」と「魄」を分けます。


魂とは人間の深層意識と生心に相当すると考えても良いのではないでしょうか。だから魂=深層意識・生心です。


そして魄とは、人間の顕在意識と肉心に相当します。魄=顕在意識・肉心です。


それで人間が死ぬと両者は分離して、「魂」は天に、「魄」は地にというようにそれぞれ上下の世界に飛散すると言う事です。
それで魄(顕在意識・肉心)の役割とは、主に地上生活の中で普段使う意識です。この顕在意識は心全体を氷山に喩えるなら、ほんの氷山の一角にしか過ぎず、心全体のおよそ10%に過ぎないと言われています。

 

一方、魂(深層意識)の役割とは、魂が元々この地上に降りて来た目的とテーマ。そして過去の経験(前世も含めて)などは魂にストックされていて、記憶の倉庫のようなもの。これは顕在意識で自覚することが出来ない。そして魂(深層意識)とは、心全体の90%を占めているとも言われ、日常生活において顕在意識から生じる思考・感情・行動に大きな影響を与えています。


アセッションの意味の一つに、この「魂」と「魄」が一つに成るという考え方があります。


以上、このような事柄を改めて考えますと、統一教団が抱えている問題の一つに、真の血統DNAの問題がありますが、これは明らかに魄の次元です。ですから今後の後天時代における神の摂理のトップに立つ人間が、文鮮明さんの血統を受け継いだ、文さんの子息でなければならない理由はどこにもないのです。大切な事は、魂の出処が神から生まれ出たものかどうかが問題です。魄である肉的血統は問題になりません。
part2に続く