世界は、途方もなく馬鹿でかい、
升目状の空間にでっち上げられた、
例えるならオセロ盤のようなもので、
テリトリーは細かく区切られた正方形の、
小さな升目の中だけに限られていて、
その足場を守る為、必死で仲間を殖やす。
パンに生えた黴が午後の胞子を飛ばす頃、
双子の仔猫は月曜のゴミ袋を見限って、
空になったゴミ棄て場を後にする。
母猫は 、五日前から姿を見せない。
春だから、どこかの雄と蒸発した。
春だから、彼等はとても、自由だ。
憂鬱が飛沫感染するような時代になり、
月曜の火葬場は三年先まで予約済みで、
行列に並んでまで焼かれたがる人々は、
人気のラーメン店に並ぶときのように、
何かが空腹で、何かが空腹のようで、
終止符の匂いを敏感に嗅ぎつける。
その匂いは、何かの空腹を満たすように、
彼等の嗅覚を刺激しているらしく、
列は、静かに増長し続けているようだ。
突然、見覚えのある建物が現れる。
何故こんな場所にあるのだろうか。
でも、確にそれに間違いなかった。
海沿いの高台に建つ高校の校舎に。
門の辺りで、黒い大きな傘をさして、
見覚えのある人影が手招きしていた。
確かあれは社会科の先生だったと思う。
側まで行くと、諭すような口調で、
「プールに急ぎなさい」と言われた。
うちの高校にはプールなんかなかった。
その事を言おうかとも思ったのだけど、
何だか申し訳ないような気がしたから、
先生に言われた通り、プールへ急いだ。
校舎裏へ行くと先生が言った通り、
立派な50mプールが寝そべっていた。
何か大会のようなものが行われている。
どうやらアタシは出場させられるようだ。
アタシは中学の頃、水泳部に入っていた。
その時のコーチがプールサイドにいて、
ここは高校のはずだがと疑問に思いつつ、
次が出番だと言うので仕方がなく、
服を着たままでスタート位置につく。
アタシは何の競技に出場するのだろう。
今更コーチに聞きに戻るわけにもいかず、
どうせ個人メドレーあたりだろうなと、
軽い気持ちでプールに飛込んだのだけど、
さっきまでプールだったはずの場所が、
飛込んだ瞬間、海だったことを知る。
戸惑い、立ち泳ぎで岸のほうを振り返る。
岸では懐かしい人達がアタシを見送り、
アタシはそこから離岸流に運ばれて、
徐々に、確実に、遠ざかって行く。
岸は遥か遠く、既に線でしかない。
振り返らず、遥か沖を目指す人達。
次々にアタシの横を抜き去っていく。
皆、太陽を探す旅に出たのだと思った。
アタシはなんだか疲れてしまって、
あの人達と太陽を目指して行くことが、
酷く、馬鹿馬鹿しい事に思えて、
最後の一人が水平線の影に隠れると、
見上げた空にはもう、銀色に輝く月が、
雲ひとつない夜空に浮かんでいた。
何処からかふらふらと、
鳥が一羽、夜の海を越えてきた。
あの鳥も、昔読んだ絵本の鳥のように、
灯台の光に騙されてしまうのだろうか。
そんなことを考えている間に、
いくらかの時間が過ぎていって、
太陽は今また、アタシの頭上に、
何事もなかったかのように在る。
けれど、太陽を追い掛けていった人達は、
いくら待ってみても、誰一人として、
帰って来ることはなかった。
チケットノルマなしのコインランドリーで、
陽気につられた鼻唄ワンマンショー。
今日のオーディエンスは一名様。
何だかよく分からない、脚の長い飛来虫。
ドウゾ、近寄ラナイデクダサイ。
■解説―:
[コインランドリーでのツゥな過ごし方]
目安は、他に何も予定のない週末の午後。
たっぷり時間のあるときに出向きます。
洗濯物は、放り込んではいけません。
そんなことをするのは素人だけです。
丁寧に、心静かに、慈しむようにします。
衣類への情愛と、乾燥機との友情を、
決して忘れてはイケナイのです。
硬貨を数枚、投入します。
この辺はどーでもいーです。
各々、適当にやってください。
乾燥機(洗濯機)が回りだしたら次は、
両替ついでに買った缶コーヒーを、
本格的な喫茶店の珈琲を飲む時のように、
ゆっくりと、ぼんやりと味わいます。
(珈琲が好きでない場合は何でも良い)
缶コーヒーは必ず両替のついでに。
あくまでも「ついで」に買うのが重要。
己の衣類がぐるんぐるんと容赦なく、
されるがままに回転している様を、
備付のベンチに腰掛けて、眺めます。
缶コーヒーを片手に持ち、眺めます。
角度を変えて斜め下から、眺めます。
乾燥機の中に、コスモ感じます。
ちょっとした小宇宙を見い出せたなら、
貴方はコインランドリー検定合格です。
すっかり乾いた衣類を取り出すとき、
新しい生命の鼓動を感じるでしょう。
目頭が、ほんのりと熱くなります。
少し泣きます。少しだけ、涙します。
我慢することはありません。
決して恥ずかしい事ではないのですから。
溢れ落ちた涙を拭ったら、笑います。
しっかり大地を踏みしめて、力強く、
コインランドリーを去りましょう。
帰宅したら、すべて忘れます。
次回のために、すべて忘れます。
一週間の記憶ごと、すべて忘れます。
皆サマ、ドウゾ素敵ナ週末ヲ...
こうしてただ水槽を眺めている間にも、
人間は100ワット放出してはいるが、
100ワットじゃたかが知れている。
ブリキの玩具ばりにカタカタジージーと、
動きだすには、まぁ確実に事足りる。
が、本場のチャーハンを作るには、
まるで足りてない熱量。
なのではないだろうか。
【人熱発電所測量課より】
貴殿の熱量は計測の結果、
「100ワット」でした。
そのうち有効利用された熱量は、
「該当なし」です。
貴殿はこの世界に不必要です。
無意味に、無気力に、無能に、無目的に、
ただ垂れ流されるだけになっている、
そのあまりにも無駄な「100ワット」は、
近年嘆かれ続ける地球温暖化現象に、
僅ながら影響を及ぼして居ります。
至急、当社までご連絡ください。
云々。
それを読んだ君は憤慨する。
君は、世の中には自分よりもっと、
不必要な奴がいるはずだ、と思う。
自分だけじゃない。不公平なことだ。
納得がいかない。とも思うだろう。
街に出た。不必要な奴を探した。
探して捜して探し続けて、
君は、そのことに気付いてしまった。
間違えた。
見渡せば、目線より斜め45度先、
それぞれの描く未来があった。
平凡なこと。とても小さなこと。
低俗的なこと。凄く身近なこと。
まるで届きそうにもない夢や憧れ。
君は知った。
今まで無駄に垂れ流してしまった熱量は、
既に膨大な量となって、空の彼方、
成層圏より遥か遥か上に浮かぶ、
巨大な、強大な炎の塊となった。
光を投げ掛け。
時に心地よく。
時には獰猛に。
大地を育み。
草木を育み。
生命を育み。
世界中に散らばって、降り注ぐ。
空白の斜め45度を見上げて思った。
もっと慎重に使えばよかった、と。
今まさに君から生まれ出た100ワット。
君は、そのオレンジ色をした欠片を、
ゆっくりそっと、口に含んだ。
途方もなく、甘かった。