前回の続きです。


忘れもしない夏休みの土曜の午後。
学校から帰りぼーっと家で過ごしている時に母のパート先から『胸を痛がり倒れ、救急車で運ばれた。病院に向かってほしい』と電話がありました。
この時、たまたま単身赴任先から帰っていた父がいて慌てて病院に向かいました。


救急外来の前のベンチに座って待っている時、中から聞こえてくる母の痛がる声は今も忘れられませんチーン

父に「このままお母さん死んじゃったらどうしよう」と泣きながら聞いたことを今書きながら思い出しました。父もかなりショックだったと思いますが、そんな姿は一切は見せず私達(母、姉、私)を支えてくれました。


結局、最初に運ばれた病院では手に負えず大きな総合病院に転院。そこで解離した血管を人工血管に換える緊急手術を受け一命を取り留めました。
今思えば、解離する数ヶ月前から時々発作的に背中を痛がり、マッサージをしたり叩いて紛らわせてた母。これを覚えていたらと私も後々後悔することになりますゲッソリ


無事に手術を終え、ICUから一般病棟へ移りその日から数日父と交代で付添いをしました。

最初に付添った日、今でも忘れられない言葉ですが、母から「こんな体(マルファン症候群)に産んでゴメンね」と言われました。
それまで自分がマルファン症候群として生まれた事、特に母からの遺伝については何も思っていなかったのですが、「母にそんな言葉を言わせてしまうのか」とショックを受けました。母もそれまでにも大きな手術をして更に大動脈解離での緊急手術…精神的にも参っていろいろと思うことがあったんだと思います。その時は「そんなことはない」「大丈夫」などあまりちゃんとは覚えていませんが2人で泣きながらそんな言葉を返したように思います。

その後は、みるみる回復し無事に退院できましたがパートは辞め専業主婦になりました。
この時以降、母が私に謝ることはありませんが、負い目を感じているのは今でも感じています。


そんな事もあり、なんとなく将来は子供を持たない方がいいのかな…と考える様にもなりました。





続きます。