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否定側反駁

肯定側の立論を行います。

ドラえもんが22世紀に帰ると起こるメリットを1点述べます。

メリットはのび太を自立させられることです。

なぜこうなるのか、発生過程を説明します。

ドラえもんが22世紀に帰ります。すると、のび太は急にドラえもんという頼りを失い、ときに困難にも遭っても、人に虐められてもわがままのときなどにも、ちゃんと自分でそれらに対する解決策を考えなければならないし、人の力を借りなく自分の力でやらなければなりません。それで、のび太はきっと段々その弱い人間性が無くなり、自立してもっと強くなっていくと信じています。

証拠資料を引用します。

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』:野比のびより引用開始。「(中略)

性格

軽率。口下手でジャイアンを怒らせるようなことを言って殴られたり、できもしないことを公言したあとでドラえもんに泣きつくことが多い。また、「できなかったら鼻でスパゲティーを食べる」「目でピーナッツを噛む」と断言し、結局はできない(不可能だったわけではなく、のび太の優しさが災いしたといえる)ため、ドラえもんに「目でピーナッツ噛み機を出してくれぇ」と懇願し「そんなものあるわけないだろ!」というやりとりをすることも。

気弱だが優しいという面もある。そのせいか動物によく懐かれ、犬(※ただし、猛犬に追い回される描写も多々ある)やネコはいうにおよばず蟻や幼木など、果ては石ころや台風にまで慕われてしまう。しずかの父は、のび太との結婚に迷うしずかに対し、この特徴をのび太の美点として挙げて励ましている。数少ないのび太の長所。


」引用終了。
以上はのびたの弱い人間性に証拠を挙げました。または、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』:ドラえもんの最終回より引用開始。「(中略)
『小学四年生』1972年 3月号(同上)

のび太が自転車に乗れない事でドラえもんに道具を出してもらいに行ったところ、ドラえもんが未来へ帰らねばならなくなったというストーリー。帰る理由は、ドラえもんに頼りっきりののび太の自立心を養うため。のび太は泣いて止め、困ったドラえもんとセワシはのび太にウソをついて帰ろうとするが、のび太がそのウソを素直に信じ、ドラえもんのために我慢すると言ったので、感激したドラえもんは正直にのび太に告げて、のび太もそれを受け入れてドラえもんは未来へと帰っていった(これが日本テレビ版のアニメ の最終回のもととなった)。尚、この最終回には後日談があり、後述する通り1973年 4月号より『小学六年生』にも連載が拡大されたため、その前月に当たる『小学五年生』1973年 3月号に於いて、再びドラえもんがのび太の元に帰って来るという形式の予告漫画が掲載されている。 (中略)のび太は迷いの末、とりあえずドラえもんを押入れにしまい込み、皆には『ドラえもんは未来へ帰った』と説明したが、ドラえもんのいない生活に耐えられず、猛勉強をしてトップクラスのロボット工学者に成長する。工学者になってから、しずかちゃん と結婚し、しずかちゃんの目の前で、修理完了したドラえもんのスイッチを入れる。ドラえもんがいつものように『のび太君、宿題終わったのかい?』と言い復活する。つまりドラえもんの製作者はのび太であった」という話である。」引用終了。
次になぜこのメリットが重要かを説明します。                                       子どもの自立を育てることが今社会で話題になり、皆に重視されています。

証拠資料を引用します。子どもたちの自立について、ともに考えてみませんか?東京に育つ子ども・若者の自立について提言~東京都児童福祉審議会提言「少子社会の進展と子どもたちの自立支援」平成18年6月22日福祉保健局より引用開始。「(中略)○子どもが自分の将来像を描き、自覚、品格、責任のある行動がとれる大人になることを望む。○大切なことは、少子社会にあっても、子どもたちが自立した存在として希望をもって生きていけるよう我々大人が自覚をもって育てていくこと。」引用終了。または、「若者の包括的な自立支援方策に関する検討会」について若者の包括的な自立支援方策に関する検討会報告(案) 平成17年6月内閣府政策統括官(共生社会政策担当)より引用開始。「(中略)

自立の目的)

  • 若者の自立を支援する第一の目的は、いうまでもなく「若者自身のため」である。すなわち、若者の自立支援は、若者が独立した個人として社会の中に地歩を築き、自己実現を図り、豊かな人生を送る手助けをすることに他ならない。
  • そして、第二の目的として、将来にわたる我が国社会の活力の維持ということがある。すなわち、若者一人一人の自立を支援することは、若者の世代を世代として独立させ、社会の担い手として育成することでもある。若者及びその世代は社会の貴重な資源であり、税や社会保障制度等を支えることはもとより、社会の持続と発展のために、若者の活力・思考力・創造性を生かしていくことも、自立支援の重要な目的である。

」引用終了。
このように重要なメリットが生まれるので、ドラえもんは22世紀に帰るべきだと主張します。



否定側の反駁を行います。

第一に、肯定側のメリットの発生過程について反駁します。

肯定側は立論で[ドラえもんが22世紀に帰ります。すると、のび太は急にドラえもんという頼りを失い、ときに困難にも遭っても、人に虐められてもわがままのときなどにも、ちゃんと自分でそれらに対する解決策を考えなければならないし、人の力を借りなく自分の力でやらなければなりません。それで、のび太はきっと段々その弱い人間性が無くなり、自立してもっと強くなっていくと信じています。]と言いました。しかし、それは違います。

なぜなら虐められた問題が続けて起こったら、のび太は自立することがでくないからです。また支持文&証拠資料。

2007.2.1 いしかわ県民教育文化センターより引用開始

「競争主義が虐めを生み出します。
 虐めとは、その人がその人らしく生き、学ぶ権利を精神的、肉体的な暴力によって奪う行為であり、その人の人間的な誇り、尊厳を著しく傷つけ、その人から生きる勇気と希望を奪う行為です。
 経済的な貧困、身近な人の愛情の希薄、もしくは過剰な期待と要求、競争激化の中での落とされる、あるいは取り残される不安、などが子どもたちに強いストレスを浴びせ、自己否定感を生み出しています。そのストレスと自己否定感が他者や自分への虐めを生み出すのであって、個人の人格的なモラルの欠如が原因ではありません。」

自立することは必要なんですけど、その前に虐められたのび太に助けてしなければならない。その証拠によって、虐めした側も問題があって、ドラえもんはのび太に手伝うだけではなくて、ジャイアンもスネ夫も変わらなければならない。そうすないと、のび太は自立することができませんと思います。



したがって、メリットは発生しません


否定側応答

先ず わたしの第一の疑問は証拠資料を引用します。 『読売新聞』2007年5月10日付、『北海道新聞』2007年5月10日付より引用開始。 「滝川市立江部乙小学校いじめ自殺事件とは、北海道 滝川市 の滝川市立江部乙小学校 に通っていた小学6年生の女児がいじめを苦にして自殺した事件である。」引用終了。このような引用資料で貴方の論点:「ドラえもんが22世紀に帰ります。すると、のび太はきっとジャイアンとスネ夫にいじめられて続けると思う。のび太は頭がよくなくておくびょうな人だけど、ドラえもん出てくると、のび太は「自分の人生はまたいいことがある」と思っている。ドラえもんはのび太に人生の課題を教えることができる。たとえば、人との付き合うとか強くなる方法とか自分で生きている方法とか……いつかのび太はきっと今より強くなると思う。そのとき苛められることはのび太に起こらない。」という仮定を支持できないではないか。

新聞によって虐められったら自殺事件がある。その点は虐められる人にとって悪いことを遭う可能性がある。それで、もしドラえもんが帰ると、のび太はジャイアンとスネ夫にいじめられて続けるおそれがある。深刻なことも起こるかもしれない。だから、ドラえもんが帰るべきがありません。

次の疑問は貴方がデメリットについての説明:「のび太はドラえもんから助けてもらいました。もしドラえもんは帰ると、のび太はまた前の苛められた生活に戻る。そうすれば、のび太は毎日楽しくなくて、学校へも行きたくない、いろいろ悪い影響を起こる恐れがある。一番悪いことは自殺かもしれない
このように深刻なデメリットが生まれるので、ドラえもんは22世紀に帰るべきではないと主張します。」というような仮定の状況に支持する証拠はありますか。

『読売新聞』2007年5月10日付、『北海道新聞』2007年5月10日。 「滝川市立江部乙小学校いじめ自殺事件とは、北海道 滝川市 の滝川市立江部乙小学校 に通っていた小学6年生の女児がいじめを苦にして自殺した事件である。」これは深刻なデメリットが生まれるという仮定の状況に支持する証拠です。

最後に、貴方が述べたデメリットに支持する証拠は全然ないではないか。つまり、貴方の論点が成立できないではないか。

二つの証拠によると、虐められた人にとっては、自殺事件とか不登校になる生徒もいるとか神経症的な症状が出る人もいるとか、いろいろ悪い影響を起こった。そんな人生は虐められた人にとっては、希望がないと思っていると思う。だから、証拠にある人は「毎日が地獄だった、死にたくなった、学校に行きたくなくなったと、彼らは語ります。」と言いました。それで、のび太はそれ人々と同じ、「虐められる人生は希望がない」と思っている可能性があります。このデメリットが成立できると思う。


ドラえもんは22世紀に帰るべきであるか??

ドラえもんが22世紀に帰ると起こるデメリットを1点述べます。
デメリットはいじめられる人の人生は希望がないです。
なぜこうなるのか、発生過程を説明します。
ドラえもんが22世紀に帰ります。すると、のび太はきっとジャイアンとスネ夫にいじめられて続けると思う。のび太は頭がよくなくておくびょうな人だけど、ドラえもん出てくると、のび太は「自分の人生はまたいいことがある」と思っている。ドラえもんはのび太に人生の課題を教えることができる。たとえば、人との付き合うとか強くなる方法とか自分で生きている方法とか……いつかのび太はきっと今より強くなると思う。そのとき苛められることはのび太に起こらない。
証拠資料を引用します。

『読売新聞』2007年5月10日付、『北海道新聞』2007年5月10日付より引用開始。

「滝川市立江部乙小学校いじめ自殺事件とは、北海道 滝川市 滝川市立江部乙小学校 に通っていた小学6年生の女児がいじめを苦にして自殺した事件である。」引用終了。

心理専門家の碓井真史より引用開始。

「ただふざけていただけ」「ほんの冗談」「あいつが悪い」。いじめている側は、いろいろと言います。言い訳ではなく、本当にそう思っていることもあります。加害者だと言う意識は希薄です。それなのに、いじめらているほうは、深刻な被害を受けます。毎日が地獄だった、死にたくなった、学校に行きたくなくなったと、彼らは語ります。不登校になる生徒もいます。神経症的な症状が出る人もいます。追い詰められた結果、いじめの被害者の方が過激な乱暴をはたらいてしまうこともあります。客観的には小さなことであっても、影響がとても大きいのがいじめです。」引用終了。

次になぜこのデメリットが深刻かを説明します。

のび太はドラえもんから助けてもらいました。もしドラえもんは帰ると、のび太はまた前の苛められた生活に戻る。そうすれば、のび太は毎日楽しくなくて、学校へも行きたくない、いろいろ悪い影響を起こる恐れがある。一番悪いことは自殺かもしれない

このように深刻なデメリットが生まれるので、ドラえもんは22世紀に帰るべきではないと主張します。