珍しく今回は詩や小説ではなく、日本では決して有名とは言えない戯曲を1つ紹介したいと思う。
『ロミオとジュリエット』などの作品はあまりにも有名であるため、このブログで紹介しなくとも、きっと他のサイトでレビューが掲載されていることだろう。どうせ書くのなら、あまり取り上げられたことがない作品をブログで掲載したいものだ。
今回紹介するのは、スペインの劇作家ハシント・ベナベンテの代表作『作り上げた利害』(永田寛定訳、岩波文庫)だ。
ハシント・ベナベンテは1922年のノーベル文学賞をスペイン人として2人目(因みにスペイン人最初の受賞者は1904年にフランスのフレデリック・ミストラルと共に受賞したホセ・エチェガライ・イ・エイサギーレである)に受賞した近代スペイン演劇の代表者であるが、やはり日本での知名度は皆無といっても過言ではない。
案の定、日本語版ウィキペディアもベナベンテの生涯はおろか、代表作すら書かれていないので、辞書で引いたものをこちらで紹介する。
スペインの劇作家。マドリードに生まれた。大学で法学を学んだが中退し、曲芸師の一座を組織してヨーロッパ各地を興行して歩いた。1894年、三角関係を扱ったデビュー作『他人の巣』を発表して、ロマン派一色に塗りつぶされていた当時の演劇界に新風をもたらした。200編近くの作品があり、堕落した上流社会を風刺した『土曜の夜』(1903)や『つくりあげた利害』(1909)、封建的な田舎の生活を背景にした『奥様』(1908)などは傑作とされる。知性的で洗練された風刺と生き生きとした会話、舞台ばえのする多様な技巧は高く評価されている。1922年ノーベル文学賞を受賞した(丹菊康子『万有百科事典 1 文学』(小学館、1973年)より)。
さて本題に入るとしよう。ベナベンテの『作り上げた利害』を一言で説明するならば、「クリスピンという貧乏だが手八丁口八丁な中年男性が、相方の若者であるレアンドロを殿様に仕立て上げて、大成金ポルチネーラの娘シルビアと結婚させようとする」というものである。
クリスピンとレアンドロは貧乏人で宿に困っているが、顔はイケメンであるレアンドロを殿様に仕立て上げて、旅館の主から、そこに居合わせた詩人のアルレキン、大尉、大成金のポルチネーラ一家を騙して豪遊しようとするといった筋書きである。
あまりにもトントン拍子で物語が進む上、わずか106ページしかないため、旧字体を気にしなければあっという間に読み終えることだろう。
この戯曲の主なテーマとしては「人の世における成功の秘訣は、人の同情を集めることではなく、周囲に都合のよい利害関係を作りあげることにある」というものだ。実際に『作り上げた利害』ではクリスピンが二枚舌を使って多くの人間を騙す。現代の立場からしてみれば、些か事が綺麗に進みすぎると思いがちだが、むしろ今から100年以上前の作品が、こうも面白おかしくページをめくることができるという点で考えれば、やはりノーベル賞作家の凄さを実感することができる。
説明文ばかりでは『作り上げた利害』の面白さについて伝わらないと思うので、本文を抜き出してみる。
クリスピン「(中略)人間はな、自分のいいとこを吹聴してくれる者がそばについているほど、うめえことはねえんだ。ひとりぼっちで見ねえ、へたに謙遜すりゃ馬鹿、自慢を並べりゃ狂人、この2つで世間からお構いを食うわな(中略)」※旧字体は新字体に直した。
…確かに。謙遜しまくれば足元を見られ、自慢しまくれば飽きられる。けれど第三者が自身の評価を上げる発言をしたら、何故か感じよく思われる。ベナベンテは人間の真理について、見事的中させている。
レアンドロ「こら、何をいう。秘密も何もきさまの知ったことか!きさまが無考えに饒舌りちらすために、おれを誰だと感づく者でもあったら…さあ、癖になる、来い!(ここでクリスピンを叩く)」
クリスピン「ああ、お助けをお助けを。殺されます殺されます(と言って逃げ回る)」
亭主「まあまあ、お待ち下さいまし、お殿様!」
…最初は殿様に仕立て上げられてノリノリのレアンドロだが、シルビアに恋をしてからはかなり大人しくなる。クリスピンは物語の最初から最後まで一貫して人を巧みに騙し続けるが、若者である意味純粋なレアンドロは、最初と最後では葛藤具合がまるで違うところも面白い。
また、作中では詩人のアルレキンと大尉が、ポルチネーラの名声を落とそうとし、それを「世論がポルチネーラを悪く言っている」とする場面が登場する。ここでぼくが真っ先に頭に浮かんだのは、ホセ・エチェガライの戯曲『恐ろしき媒』である。
1904年のノーベル文学賞を受賞したホセ・エチェガライ・イ・エイサギーレの代表作『恐ろしき媒』も、三角関係になってしまった3人の人物が、世論から非難を受けて家庭崩壊していくという内容だ。
同じくスペイン人であるホセ・エチェガライとハシント・ベナベンテ。ベナベンテがホセ・エチェガライの影響を受けているかは定かではないが、妙な共通点が見られ、どちらの戯曲も知っていると、思わず口元がニヤリとしてしまう。
結局、いつもの感じで読書感想文的な内容になってしまったが、少しでも『作り上げた利害』の面白さや、読んでみようかなという思いになったのなら、らかいゆ冥利に尽きる。
最後に『作り上げた利害』に限らず、昔の書籍は面白いものが埋もれていることも、是非知っておいて欲しい。岩波文庫の場合は、旧字体を気にしなければ本当に面白い。旧字体を気にしなければ。読みづらいのは事実であるが。