私という人間の身も心も
名前も役割も持ち物も
全てがひとときの
借りものであるならば

私通り過ぎていった
いかなる場所も
あらゆる時間も
私の背負った人生すべてが
借りものだったのだろう

ある時の私という存在は
その時のみの借りもので
それはどこかへと返されてゆく

ある時に訪れた場所もまた
その時のみの借りもので
それもどこかへと返されていった

私が立っている
「今、ここ」もやはり
ひとときのものに過ぎない

私は常に去ってゆく
通り過ぎた場所にいつまでも
立ったままで

そして
新たに訪れるであろう時と場所に
見たこともない私が立っている

それでも
通り過ぎた場所は
去っていった私は
「今、ここ」に立つ私から
離れてはいない

そう
去ってはいても離れてはいない
その過酷な事実が
時に鋭い痛みと化して私を貫く

それは
「借りもの」としての
人間の存在が
生まれたときから
背言わざるを得ない
宿命なのだろう