ある曇った日の
朦朧とした夕方でした
黒い折りたたみ傘の
ストラップが切れたとき
この折りたたみ傘を
もう捨ててしまおうかなと
そんな浮草の如き思いが
笑えるほど何もない
疲弊した心の虚を
滑空してゆきました

買っては酷使し
酷使して壊れて
壊れては捨てて
打ち寄せる波に
洗われた砂浜の如く
きれいに跡形もなく
その捨て去った回数を
忘却してしまうほど
過去に幾度となく
買い替えることを
繰り返されてきた
数多の折りたたみ傘
その中で幾度となく
風雨に晒されながらも
そのか細い骨の一本も
折れることのなかった
何の主張も顕わさない
陳腐かつ無難なほどの
黒い傘であったのだが

劣化してちぎれた
そのストラップの
細い破断面から
何本か不規則に
突き出ている
ごく微細な繊維は
軋むような夕風に
揺れられることもなく
ただそこで無為に
遺されているさまは
冷酷なる時の使者に
既に抗う力もなく
放心しているかのようで

ストラップが劣化して
ちぎれたということの
必然の中に孕んでいた
棄却されゆく使命への
逃れられぬ宿命の掟は
私というこの存在への
縮小された相似形にも
投影されているようで
誰にも語り尽くせない
ドライアイスのような
痛覚の扉を叩くほどの
固着せしめる冷たさが
平穏な日常を破断して
私をさまよわすのです

それはある曇った日の
西の彼方へ沈む夕陽が
己の色を茫漠とさせる
時の隘路を辿る途上の
些末なる出来事でした