妹の由美は言った。
「お母さん、まだ元気じゃない」
「分かってる」
「だったら、そんなに急がなくてもいいんじゃない?」
私は黙った。
確かにそうだ。
母は元気だ。
だからこそ、今できることがあるのではないか。
「じゃあ、もし急に入院したら?」
「そのときは私たちがやればいいじゃない」
「銀行のことは?」
「銀行に聞けばいいでしょ」
「保険は?」
「……」
妹が黙った。
私は責めたいわけではなかった。
ただ、家族なのに知らないことが多すぎることが怖かった。
その日の夜、母に聞いた。
「お母さん、もし何かあったとき、僕たちが分かるようにしておきたいんだけど」
母はしばらく黙っていた。
そして、
「そうね……」
と言った。
「実はね、少しだけ書いてあるものがあるの」
「何を?」
母は立ち上がり、奥の部屋へ向かった。
そして、古い引き出しから一冊のノートを取り出した。
「これ、お父さんが亡くなったあとに書いたの」
私はノートを開いた。
最初のページには、
父の名前。
銀行名。
保険会社。
そして、その下に――
「まだ誰にも話していないこと」
と書いてあった。