形なきものを表現する唯一の方法
形なきもの
形なき世界を
いつも語りまくってる
このブログなのですが…
その方法としては
喩え
比喩
メタファー
多分…
コレしか方法が…
ないのではないかと
思われます。
「量子力学」でさえも
"現れる"
位置や時間などを
"ある程度"
"確率的"に
"計算"できても
"現れる"
「前」
については
波動とか
波動関数みたいにしか
表現できない。
『波動』だなんて…
物理学も
比喩でしか表せない
領域に踏み込んでる。
"ヒモ"理論とか
"ヒモ"なワケじゃないし
"ホログラフィック"宇宙論とか
"ホログラフィック"な
ワケじゃないし、
ビッグバンとか…
何かが実際に
『大爆発』した?
コレもイメージ。
だって
宇宙創生。
音もなく始まったかも^ ^
まぁ実は別に。。。
"始まって"なんかいないけど。
…と…
コレも比喩か 笑
全部…
"形なきもの"を表すのは
比喩。
そりゃそうか。
だって
形がないんだから。
喩えの例え
じゃあ
ちょっと
昔からある
有名な
喩えの例えを
metaphorのexampleを
挙げてみましょうか。
まずは…
コレですね。
『神』
それから…
『天国』
『地獄』
それから…
『阿弥陀仏』とか
大日如来とか
弥勒菩薩とか…
あと、
最近だと
『高次元』とか…
『ハイヤーセルフ』とか…
比喩、、、
ばっかり。
それは全部
ソレってワケじゃなく
比喩。
実在は
しない…
実在とは何か?
『ドラえもん』
かの有名な
あのキャラクター。
アレは…
実在、しません。
。。。。。。。
よね?
ん?
実在…してない…か…?
ちょっと
仮に…
想像してみましょうか。。。
『ドラえもん』が
"存在しない"世界を。
あの。。
マンガの『ドラえもん』。
あのマンガが無い
『ドラえもん』という
キャラクターが
無い
日本。
世界。
コレって…
意外と?
想像を絶しませんか?
だって…
『ドラえもん』ですよ?笑
「居ない」なんて
『ありえない』
じゃないですか?
みんな
"どこでもドア"が
あればなぁって
一回くらい言ったコトが
あるのでは?笑
アレ?
やっぱり
「存在してる」?
『ドラえもん』
"実在"って…
なんなんだろう。
比喩だけど…実在?
『ドラえもん』は
「実在」していないけど
"僕たちの中"に
『実存在』
してる。
確かに。
確実に。
この3次元世界には…
物理的な存在としては
"居ない"はずだけど…
(人形やオモチャなどは別として 笑)
僕らの
"精神世界"
"情報空間"には
もはや
その姿、
そのキャラクター、
その"人格"さえも
"声"さえも(笑)?
『波動している』
っと…
コレもまたメタファーか?
問題は…翻訳力か?
古くからの
比喩が
"パワー"を失い
近年の
比喩が
"胡散臭かったり"
"マユツバ"
なのは
表現したメタファーを
「そうなんだぁ」
と、
鵜呑みに
してきたから?
だから
「そんなの居るワケないじゃん」
とか
「非科学的だよ」
とか
「スピってるね〜」
とか
笑
バカ扱いを受けて(^^;
比喩したものを
捉えられずに
理解せずに
比喩そのままだと
浅い理解をし、
その上で
否定する。
全ては
翻訳力の問題か?
翻訳は冒涜になる?
では。
ちょっと
「翻訳」
してみましょう^ ^
まずは…
『阿弥陀仏』
これはそもそも
サンスクリット語の
「アミータ」
日本語にするなら
「無限」
「無量」
つまり
阿弥陀仏とは
無限を
キャラクター化した
まさに
喩え。
"南無阿弥陀仏"とは
南無=全て委ねる、全託、帰依
つまり
自我的な計らいを止め
無限にお任せします、
と言う
帰依の誓い。
決して
「この自我である"ワタシ"を
いい感じに救って下さい〜」
ではなく
「この自我である"ワタシ"を
全て無限に委ねます。」
ですね。。。
ちなみに…
"南無妙法蓮華経"も同じ。
「法華経(妙法蓮華経)」と名づけられた
"宇宙の真理の喩え表現の一つ"に
南無=全託します、と
唱えている。
つまり
宇宙の法に
"ワタシ"の全てを委ねます、と
誓いを立てている。
だから…
えっと…
スイマセン。
阿弥陀仏。
実在しません。
だけど…
『実存在』します。
え?
いきなりオカシイ?
"信者さん"の圧に
ビビったって?
いえいえ
何をおっしゃる。
そ…そ、そんなんじゃないです(汗)
いや…
『ドラえもん』と
同じですって。
やっぱり一緒にするなって
怒られそうだけど 笑
比喩を翻訳すると
それは
比喩を比喩のままに
"信じる"人からしたら
冒涜。
阿弥陀仏だけじゃない。
神さまも
高次元も
ハイヤーセルフも
全部そう。
翻訳すれば
冒涜。
だけど確かに。。。
矛盾するみたいだけど。。。
古来から
仏像や絵などで
その"姿"が
3次元的(2次元的?)に
表現され
ソレに対して
たくさんの人間が
"願い"をかける、
唱える、
"南無阿弥陀仏"と。
これはもう
『実存在』
『ドラえもん』以上に。
でもやっぱり
「実在」は
していません。
"南無阿弥陀仏"と唱える人々の
意識世界
情報空間には
強力に
波動している
その"信心"の中での
『実存在』
ただそれが…
「比喩した本来のモノ」かと言うと。。。
だいぶ…
"堕とされてる"と…
感じるのが
正直なところですが。。。
…と。
コレらもまた、
メタファーの翻訳の…
メタファーか。
『高次元』という抽象
もう一つ。
『高次元』という
"メタファー"。
コレを、、、
『経営』を"喩え"に表現してみます。
"経営者"
または
"社長"には
2つのタイプがあったりします。
一つは
「理念型」
もう一つは
「実務型」
中小零細企業の社長は
理念の明確化から
ビジョン策定
戦略立案
戦術考案
年次、月次、
そして
デイリーの
タスクまでを
具体化し、
そして
"ゴリゴリ"に
実行する…
つまり
理念から実務を
フルカバーしなくては
ならないのですが…
とは言え
社長ごとに
「理念型」か「実務型」か、
個性は現れるものです。
それで、、、
「理念」
会社の哲学
会社の矜持
みたいな
とても
『抽象度』の
高いフェーズです。
会社を運営する上で
とてもとても
大切なものです。
コレがないと
『何をしていいか
わからない』
コトになります。
だけど…
「理念」
コレだけではまだ、
"具体的"に、
『何をしたらいいか
わかってない』
状態です。
コレを
戦略レベル
戦術レベル
タスクレベルと
「実務化」するのが
『具体化』の
フェーズです。
で。。。
『高次元』
コレは抽象度が高い
「理念」
「概念」の
"状態"
『3次元』
コレはデイリーのタスクレベルの
具体的な世界。
僕達の"内側"の
「宇宙」に
『思いつく』という
『ひらめく』という
ビッグバンがあり
理念という"高次元"があり
タスクという"3次元"がある。
コレもまた…
メタファーの翻訳のメタファー。
それでも翻訳が必要な時代…か?
この21世紀という
タイムラインの地球。
「今」この時
この時代。
せっかくの比喩を
その"本体"を
捉えられないばかりに
その"本体"…
『真理』への道を
閉ざしてしまっている人が…
多すぎる。
もったいない。
だから僕は
あえて
翻訳をする。
冒涜じゃなく、
"実存在性"を
爆上げするべく。
各時代で
"みんな"
ソレをしてきた。
それまでの比喩を
上書きするかのように
新たな比喩表現をしてきた。
ソレは一種
『逆張り』
みたいでも
あるかもしれないけど
形なきものを
東西南北
南東
北東
南西
北西
上下
『十方』から
逆張りし
また
逆張りし
またまた
逆張りし。。。
喩えまくって
本体に
肉薄する。
僕の内に波動する
謎のモチベーションは
「この世」を
"幸せ"に生きるための"真理"
ではなく
「この世」で
"成功"するための"真理"
でもなく
「死後」に"救われる"ための
"真理"でもなく、
「人類がアセンション」するための
"真理"でもなく
"ソレ"を
思い出しきる。。。
自分の正体を
思い出しきる。
その終わりなき
道程が全てで、
ただそれだけが
目的…か。
だから
コレからも
人間の…
既存の…
信念や
曲解などに
忖度せず
翻訳していこうかとm(_ _)m
「僕という宇宙」の
爆縮の道程だなと、
"観測"してくれる
「あなたという宇宙」が
"一つ"でも
"有れば"
"生まれれば"
宇宙の法と
それを喩え話す者
それを受け取る者
仏法僧の三位一体は
成し遂げられ、
あらたな
『ビッグバン』が
その瞬間
"起こっている"のかも。。
おっと、、、
比喩だらけか 笑
