第四話
2・この世の終わりは昼休みの教室から始まる
あの日、タチと二人で見た映画は最高につまらなかった。
僕は教室でただ一人、頬杖をついて本を読んでいた。
ただし、
教室にいたのが僕一人だけだった
という意味ではない。
教室には、僕以外の人間がうじゃうじゃいた。
いたるところで小さな…時に大きな人の塊ができていて、
「うっそぉ!」
とか
「マジィ!?」
とか
「サイテー!!」
とかいう言葉を、気が振れたみたいな笑い声とともに発していたり、携帯で写真を撮り合ってはきゃーきゃー叫び合っていたり。
僕は後ろの方の窓際の席だったために被害はまぬがれているが、数名の男子は黒板付近でブレイク(どこか体の一部を支点にしてくるくると回る、ダンスのあの技)にチャレンジして失敗し、団子状になって机に突っ込んでいたりと、教室の中はこの世の終わりみたいに騒がしかった。
ただ、その中でおとなしく本を読んでいたのは僕だけだった。
という意味だ。
僕もついさっきまでは、この騒ぎに気付いていなかった。
本を読んでいると熱中しすぎて、周りの音が一切聞こえなくなるのだ。
ではなぜ今、顔を上げてこの教室を見渡し、この有様を目にすることになってしまったのか、という疑問の答えは、僕のこの机の上に散乱している。
いつのまにか僕の机の上には、ちぎられた消しゴムの破片が、無数、転がっていた。
僕は、おそらくこの消しゴムの破片のどれか一つがこめかみに当たったことによって、こちらの現実離れした騒がしさの真っ只中に呼び戻されてしまったのだ。
小説のほうが、よっぽどリアルじゃないか?
僕は前を向き、読みかけのページを手で押えたまま、首をかしげた。
誰がこの消しゴムを僕に投げたんだろう――
なんてことは正直、どうだってよかった。
では何故、僕は首をかしげたのか。
僕が入学したこの学校は、それなりにレベルはまぁまぁの学校のはずだ。
たしかに校則は緩いけど、それは生徒が一人一人、自分自身に責任を持てるという判断の元での緩さなのである。
自主規制
進級してまだ2日目とはいえ…
いや、2日目だからこそ、なぜこんな…
教室が、餌を放り込まれたサル山みたいな惨状になっているんだろう?
その素朴な疑問が、僕の首を約30度という傾きのまま停止させているのだ。
サルはある程度、入学試験で振り落とされているはずだった。
一年のクラスはもっと落ち着いていて、こんなひどい状態じゃなかった。
それにクラス分けは成績ではなく、ランダムに振り分けられているはずなのに…。
僕は純粋に疑問を感じていた。
決して彼らを馬鹿にしているわけではない。
僕の成績だって、誉められたものじゃないどころか、いつだってどん底だ。
僕以外の人間が何らかの作用で、マリファナの成分を含んだ煙でも吸い込んでしまったのだろうか?
ふむ。
そういう理由だったら納得できる。
前を向いたまま首を傾げて考え込んでいると、クラスメイトが一人、こちらに近寄ってくるのが見えた。
彼は僕の机の前で立ち止まると、にっこりと人懐こい笑みを浮かべて僕を見た。
「君、相当にぶいね」
「俺タカダアユムって言うんだけど、友達になってくれない?」
「?」
僕は何も言わずにタカダアユムを見つめ返した。
短くて茶色い髪の所々が、金色に光っている。
右に二つ、左に一つ。
耳たぶには四角いシルバーのピアスがくっついていて、身長は多分、僕よりも少しでかいようだ。
肌は健康的に浅黒い。
いわゆるイケメンの部類だ。
しかし、真っ直ぐ顔を横切る凛々しい眉も、くっきりとした二重の目も、軽薄そうな薄い唇のおかげで随分と軽薄そうに見える。
今、その唇でゆるやかな弧を描いたまま、彼は僕の顔を見つめていた。
形の良い左の手の中で、ちぎれて五分の1くらいの大きさになってしまった消しゴムを転がしている。
教室の絶望的な騒音が、少し小さくなったように感じた。
「…なんのために?」
僕はそう言って、踊る消しゴムを睨みながら、眉をひそめた。
なんなんだ?こいつ。
「なんのためにって…」
タカダアユムは口ごもった。
僕はてっきり、彼がそのまま立ち去るだろうと思った。
どこからどう見たって、僕の態度は彼の申し出を歓迎しているとは思えなかっただろうから。
でも彼は立ち去らずに、僕の前につっ立ったまま、一生懸命言葉を捜しているようだ。
「なんのためにって…いわれてもなぁ」
言葉を捜しているタカダアユムの目と、疑わしげに睨んでいる僕の目が、空中でぶつかった。
僕たちはたぶん、10秒くらい見詰め合っていたと思う。
先に、タカダアユムが目を逸らした。
それでも僕が睨み続けていると、ふいに、タカダアユムは大きな声で笑い出した。
「おっまえ、変な奴!シロそっくり!」
シロ??
僕は一層眉をひそめた。
何かおかしいのか、タカダアユムは体を二つに折って、心底おもしろそうにげらげら笑っている。
でも、彼の笑い声は不思議と不快ではなかった。
むしろ一種の清々しさを持っている。
他の連中の狂気じみた笑い方とは異なった、気持の良いものだ。
彼は不信の色を隠していない僕の態度なんかおかまいなく、ひーひーと苦しそうに息継ぎをしながら呼吸を整えると、今度はものすごい勢いでべらべらと喋り出した。
マシンガン・トーク
ってのはまさにこのことだということを、僕はこのとき初めて知った。
「あーおもしれ!うち猫にそっくりなんだもん!警戒しすぎだっつーの。あ、そか、ごめんごめん、消しゴムぶつけてさ!いやー、なんっか超スカしたやつがいんなーと思って見てたら、そいつがめっちゃカッコよかったからさぁ、無償にスゲー腹たってきて、消しゴムぶつけ始めたんだ。
最初は気付かれないようにやってたけど、いくらやっても全っ然気付かないから、だんだんマジになってきて。
でも、やっと気付いたと思ったら、お前、消しゴムなんか気にしないで、ずーっと正面向いたままぼーっとしてんだもん。
あーなるほどねぇ!これ天然かって思って。
あ、友達になりたい理由はねぇ、俺、女の子が好きだから。
お前カッコイイから、お前といたら女の子寄ってくると思って。
なぁなぁ、お前さ、モテるだろ。
ずるいなぁ!
どうせ、愛想振りまかなくても寄ってくるタイプだろ?
てゆうか、名前教えてよ。
あ、隠しても無駄だよ、どうせ同じクラスなんだから。調べりゃすぐわかんだぜ。」
動きまくるその口に見入っていた僕は、とっさに返事をすることができずに、ただ唖然としていた。
するとまたしても彼はそんな僕の様子を勘違いして、少し口を尖らせると、またぺちゃくちゃとやりだす。
「ねぇ、警戒するにもほどがあるんじゃないの?俺そんな怪しいもんじゃないよ。
もしかしてまだ怒ってんの?
謝ったじゃん頑固だなぁー。
てゆうかむしろ褒めてんでしょ。
称賛してるでしょ。
あ、ウソかと思ってんの?
嘘じゃないよホントに。
ほら見てみなよあそこの女子。
こっちちらちら見てるし。
ほら、あそこも。
あ、あそこもだ!
やっりー!
やっぱ当たりだね!
決定だよ、お前今日から俺の友達な!
な!な!な?だめ?
却下?!
そんなこと言わないでー、お願い!な!な?いや、俺だって十分カッコイイよ?
でもなんっか俺すぐ胡散臭がられるんだよね。
そこで思ったわけ!!
俺には可愛い感じの相棒が必要だなってさ。
俺とお前だったら――」
…なんだっけ?
まるで本当の馬鹿みたいにしゃべりまくるタカダアユムの様子は、微かに昔見た何かに似ている。
なんだっけ?
ぺらぺらと動く唇が、僕の記憶の水面に雫を落とした。
なんだっけ?
あの日、タチと二人で見た映画は最高につまらなかった。
僕は教室でただ一人、頬杖をついて本を読んでいた。
ただし、
教室にいたのが僕一人だけだった
という意味ではない。
教室には、僕以外の人間がうじゃうじゃいた。
いたるところで小さな…時に大きな人の塊ができていて、
「うっそぉ!」
とか
「マジィ!?」
とか
「サイテー!!」
とかいう言葉を、気が振れたみたいな笑い声とともに発していたり、携帯で写真を撮り合ってはきゃーきゃー叫び合っていたり。
僕は後ろの方の窓際の席だったために被害はまぬがれているが、数名の男子は黒板付近でブレイク(どこか体の一部を支点にしてくるくると回る、ダンスのあの技)にチャレンジして失敗し、団子状になって机に突っ込んでいたりと、教室の中はこの世の終わりみたいに騒がしかった。
ただ、その中でおとなしく本を読んでいたのは僕だけだった。
という意味だ。
僕もついさっきまでは、この騒ぎに気付いていなかった。
本を読んでいると熱中しすぎて、周りの音が一切聞こえなくなるのだ。
ではなぜ今、顔を上げてこの教室を見渡し、この有様を目にすることになってしまったのか、という疑問の答えは、僕のこの机の上に散乱している。
いつのまにか僕の机の上には、ちぎられた消しゴムの破片が、無数、転がっていた。
僕は、おそらくこの消しゴムの破片のどれか一つがこめかみに当たったことによって、こちらの現実離れした騒がしさの真っ只中に呼び戻されてしまったのだ。
小説のほうが、よっぽどリアルじゃないか?
僕は前を向き、読みかけのページを手で押えたまま、首をかしげた。
誰がこの消しゴムを僕に投げたんだろう――
なんてことは正直、どうだってよかった。
では何故、僕は首をかしげたのか。
僕が入学したこの学校は、それなりにレベルはまぁまぁの学校のはずだ。
たしかに校則は緩いけど、それは生徒が一人一人、自分自身に責任を持てるという判断の元での緩さなのである。
自主規制
進級してまだ2日目とはいえ…
いや、2日目だからこそ、なぜこんな…
教室が、餌を放り込まれたサル山みたいな惨状になっているんだろう?
その素朴な疑問が、僕の首を約30度という傾きのまま停止させているのだ。
サルはある程度、入学試験で振り落とされているはずだった。
一年のクラスはもっと落ち着いていて、こんなひどい状態じゃなかった。
それにクラス分けは成績ではなく、ランダムに振り分けられているはずなのに…。
僕は純粋に疑問を感じていた。
決して彼らを馬鹿にしているわけではない。
僕の成績だって、誉められたものじゃないどころか、いつだってどん底だ。
僕以外の人間が何らかの作用で、マリファナの成分を含んだ煙でも吸い込んでしまったのだろうか?
ふむ。
そういう理由だったら納得できる。
前を向いたまま首を傾げて考え込んでいると、クラスメイトが一人、こちらに近寄ってくるのが見えた。
彼は僕の机の前で立ち止まると、にっこりと人懐こい笑みを浮かべて僕を見た。
「君、相当にぶいね」
「俺タカダアユムって言うんだけど、友達になってくれない?」
「?」
僕は何も言わずにタカダアユムを見つめ返した。
短くて茶色い髪の所々が、金色に光っている。
右に二つ、左に一つ。
耳たぶには四角いシルバーのピアスがくっついていて、身長は多分、僕よりも少しでかいようだ。
肌は健康的に浅黒い。
いわゆるイケメンの部類だ。
しかし、真っ直ぐ顔を横切る凛々しい眉も、くっきりとした二重の目も、軽薄そうな薄い唇のおかげで随分と軽薄そうに見える。
今、その唇でゆるやかな弧を描いたまま、彼は僕の顔を見つめていた。
形の良い左の手の中で、ちぎれて五分の1くらいの大きさになってしまった消しゴムを転がしている。
教室の絶望的な騒音が、少し小さくなったように感じた。
「…なんのために?」
僕はそう言って、踊る消しゴムを睨みながら、眉をひそめた。
なんなんだ?こいつ。
「なんのためにって…」
タカダアユムは口ごもった。
僕はてっきり、彼がそのまま立ち去るだろうと思った。
どこからどう見たって、僕の態度は彼の申し出を歓迎しているとは思えなかっただろうから。
でも彼は立ち去らずに、僕の前につっ立ったまま、一生懸命言葉を捜しているようだ。
「なんのためにって…いわれてもなぁ」
言葉を捜しているタカダアユムの目と、疑わしげに睨んでいる僕の目が、空中でぶつかった。
僕たちはたぶん、10秒くらい見詰め合っていたと思う。
先に、タカダアユムが目を逸らした。
それでも僕が睨み続けていると、ふいに、タカダアユムは大きな声で笑い出した。
「おっまえ、変な奴!シロそっくり!」
シロ??
僕は一層眉をひそめた。
何かおかしいのか、タカダアユムは体を二つに折って、心底おもしろそうにげらげら笑っている。
でも、彼の笑い声は不思議と不快ではなかった。
むしろ一種の清々しさを持っている。
他の連中の狂気じみた笑い方とは異なった、気持の良いものだ。
彼は不信の色を隠していない僕の態度なんかおかまいなく、ひーひーと苦しそうに息継ぎをしながら呼吸を整えると、今度はものすごい勢いでべらべらと喋り出した。
マシンガン・トーク
ってのはまさにこのことだということを、僕はこのとき初めて知った。
「あーおもしれ!うち猫にそっくりなんだもん!警戒しすぎだっつーの。あ、そか、ごめんごめん、消しゴムぶつけてさ!いやー、なんっか超スカしたやつがいんなーと思って見てたら、そいつがめっちゃカッコよかったからさぁ、無償にスゲー腹たってきて、消しゴムぶつけ始めたんだ。
最初は気付かれないようにやってたけど、いくらやっても全っ然気付かないから、だんだんマジになってきて。
でも、やっと気付いたと思ったら、お前、消しゴムなんか気にしないで、ずーっと正面向いたままぼーっとしてんだもん。
あーなるほどねぇ!これ天然かって思って。
あ、友達になりたい理由はねぇ、俺、女の子が好きだから。
お前カッコイイから、お前といたら女の子寄ってくると思って。
なぁなぁ、お前さ、モテるだろ。
ずるいなぁ!
どうせ、愛想振りまかなくても寄ってくるタイプだろ?
てゆうか、名前教えてよ。
あ、隠しても無駄だよ、どうせ同じクラスなんだから。調べりゃすぐわかんだぜ。」
動きまくるその口に見入っていた僕は、とっさに返事をすることができずに、ただ唖然としていた。
するとまたしても彼はそんな僕の様子を勘違いして、少し口を尖らせると、またぺちゃくちゃとやりだす。
「ねぇ、警戒するにもほどがあるんじゃないの?俺そんな怪しいもんじゃないよ。
もしかしてまだ怒ってんの?
謝ったじゃん頑固だなぁー。
てゆうかむしろ褒めてんでしょ。
称賛してるでしょ。
あ、ウソかと思ってんの?
嘘じゃないよホントに。
ほら見てみなよあそこの女子。
こっちちらちら見てるし。
ほら、あそこも。
あ、あそこもだ!
やっりー!
やっぱ当たりだね!
決定だよ、お前今日から俺の友達な!
な!な!な?だめ?
却下?!
そんなこと言わないでー、お願い!な!な?いや、俺だって十分カッコイイよ?
でもなんっか俺すぐ胡散臭がられるんだよね。
そこで思ったわけ!!
俺には可愛い感じの相棒が必要だなってさ。
俺とお前だったら――」
…なんだっけ?
まるで本当の馬鹿みたいにしゃべりまくるタカダアユムの様子は、微かに昔見た何かに似ている。
なんだっけ?
ぺらぺらと動く唇が、僕の記憶の水面に雫を落とした。
なんだっけ?