戦友
その者は、私の部下だ
力仕事ができるわけでもない
紙仕事が、できるわけでもない
突出した技能が、在るわけでもなく
ただ、数の中に居るだけである
その者は、私より年上の部下だ
責任感があるわけでもなく
狡賢いわけでもない
明るいわけでもなく
暗すぎるわけでもない
ただ、数に数えるだけの存在である
その者は、私より長くその仕事をしていた部下だ
後輩に慕われるわけでもなく
私より、その仕事をこなすことも出来ない
教えることもできるわけでもなく
私より、覚えようとするわけでもない
だが、その部下の良いところを
私は、知っている
他の部下が、だらだらと休んでいるとき
唯一人、怪我をしないようにと整理整頓をしている
他の部下が、することもないとテレビを見ているとき
唯独り、寒い屋外のトイレを掃除し
足りないものを揃えている
仲間が、気持ちよく使えるようにという気配りだ
ゴミも、自ら進んで集める
だからだろうか
その者を、小ばかにして揶揄うことはあっても
誰も、邪魔にすることはなかった
何もできないとその者は言うが
他の者の笑顔の中心に
その部下がいた
私は、この仕事をする中で
一番のひよっこだ
何も知らず、何もできないのに
ただ、正社員だからと
放り投げられた
それから、数年
我武者羅に、駆け抜けた
なんどもぶつかっては
なんども叱られ
数度、ほめられはしたが
大半は呆れられた
ただ、誰よりも使えないはずのその者は
いつも言っていた
使えないことを、責めるより
使えないからこそ、自分から仕事を探し
どんなに小さくとも
居場所を見つけた方が
早いと
そういえば、この人からは
一度も
怒鳴られたことがなかった・・・
責任だけに囚われていた
だが、その部下が
病に倒れた
その時、ようやく気が付いた
その存在感、その必要性
唯の数ではなく
仕事を共にする
戦友だったのだ
床に伏す、弱気な部下
あと数か月耐えていれば
笑顔でお疲れさまと言えただろう
定年を迎え、その者も何もなければ
のんびりと余生を過ごせたであろう
痛みと、苦しさで顔を歪め
浅い呼吸と時折、体を捻った
話しかけても
一言、二言が限界だった
その者の親族は言った
今日、明日逝っても
おかしくはないのだ、と
あぁ・・・
ついこの間まで、元気で在った姿と
今目の前で唸る姿との差が
目頭を熱くさせ
その者の病室を後にして
見てしまった後悔と
出会えたことへの感謝とが
同時に私の冷えた心を炙り始め
気が付けば私は
静かに泣きながら帰路を辿っていた
なぁ、戦友よ
私は、まだあんたの背中に追いついてないぞ?
なぁ、戦友よ
私は、まだ、あんたのような必要な存在ではないぞ?
なぁ、戦友よ
私は、どうやってお疲れさまと伝えたらいいのだ?
なぁ、戦友よ
戦友よ
歳経た戦友よ
私は、まだ、あんたのように笑える場所がないのだ
どうすればいいのだろうか
どうすれば・・・
いいのだろうな・・・
なぁ、戦友よ・・・
なぁ・・・、戦友よ・・・
黙って、敬礼しかできない
私を、許してくれるか?
by銀翼のキケロ
すい臓癌、怖いですね。実際に、部下の弱った姿を見てしまえば泣かずにはいられませんでした。