帰らない黒猫
(′・ω・)第十話、暇な猫(そのよん)
私は、今、広い道の右側に居る。道の両面は、軒並み商店ばかりが並び、賑やかだ。以前、どこへなりともひゅるりと行けた頃は、別に気にも留めなかっただろうが。不自由になったこの身体で歩けば、新鮮でしょうがない。風景に、頬が緩み、首が至るところへ良く曲がる。あぁ、退屈しのぎに来てよかったと喜んでいた。と油断していると?
所々で立ち止まる弥勒の母の足に頭をぶつけてしまうのだった。
「あら?・・・。またぶつかってぇ・・・。もう、これが何回目かな・・・。」
「にゃうぅ・・・。」(も、もうしわけ、ない・・・。)
「そうねぇ・・・。この八百屋で最後だからようやく、黒ちゃんにお仕事してもらえるから、いいかしら?」
ぶつかって、申し訳なさそうに見上げると、屈み込んでから鼻先をちょんと指先で触れた。それから、優しく微笑み、私の頭から背中まで撫でながら気を付けるのよ、と言った。立ち上がってからは、何やら呟いて、八百屋の主とやらと世間話を織り交ぜながら楽しそうに何かを選んでいた。ほかの店では、私を見るなり表情を微妙に曇らせていた主連中。だが、ここの主人はそうではない。チラチラ見ているものの、こちらがじっと座っていると、まるで犬の様に利口な猫だと大声で笑い、私に免じて安くするだのなんだの言い始めていた。さては、これが目的か。脳裏に、企みのようなものを感じたが、まぁ、この母に頭が上がらないのは事実。しょうがないことだと諦めようか。そうこうしていると、棚の上に並べられた野菜を指さして袋に入れてもらっていた。高さの丁度良い一番低い棚に、前足を掛け、背伸びをするように買い物の次第を、母の背中を眺めた。それに気が付いた母は、手を振って何か合図のようなものをこちらに向けて出した。手を大きく開いて、前に二度、軽く突きだしていたのだ。その意味は解らない。どういう事だろうか。ふむ・・・。その後、ようやく奥の方から出て来たかと思えば、にこにことした顔が近付いてきて、はい、と何やら背中の袋に入れた。重いような、軽いような、青臭いような、小さなおれんじ色のきゃろっと、という野菜らしい。う~む、じっと母の顔を見つめる。悪戯好きの子供の様にしか見えないと、私は思った。