帰らない黒猫
(′・ω・)第六話、猫に戻った猫(そのさん)
教室。先ほどの一件から、さほど時間も過ぎてはいない。時計を見れば、短い針が七、長い針がまだ六の字を食うか食わないか迷っているところだ。私は、彼の後ろに引っ付いてここまできた。先輩とやらは、どうやら猫が好きらしく、この部屋に入る前、じゃな黒と言って頭を撫でてくれた。が、なにかつかみどころが無い苦手な部類の人間だ。まぁ、その後は、言うまでも無くいつもの掃除用具入れの上に着座していた。
「あ・・・。」
彼が、なにか思いついたかのように声を上げた。私は、目蓋を細めて何だと思いつつ見下ろした。振り返り、見上げる弥勒。じっと見つめてくる。
「そういや、黒。あの首の綬(ヒモ)どうなってる?」
誰もいない教室に、なんだか不自然な会話が響く。私は、解らんと答えて、彼の机の横に降り立った。彼は、試しにこの教室一蹴してみろという。面倒なことだ。私は、やれやれと、長い尾を地面に引き摺って小刻みに歩いた。だらだらと歩いた。二週くらいしたころだろうか、首にピンとした違和感があり、振り向いた。彼は、淡い光を放つ綬を解りやすく持ち上げてがっかりしたような笑みを浮かべていた。
「あ~・・・やっぱまだ消えないか・・・。」
当然だろと、フンと息付く私。その途端、黒板近くの戸がガラリと開いた。
「弥勒はいるか!」
偉く太い声。標準語、よりは何処か地方に傾いた響き。机と椅子が邪魔で、緑のラインが特徴的なジャージのズボンと毛深い足とサンダルしか見えない。ハイと返事をする彼。見る見る血の気を失っていく。
「お前、猫連れてきとるようじゃの。」
「はぁ、いやまぁ、すんません。」
方言なのか、標準語なのか、境界がはっきりしない言葉だ。そう思いつつ、身を低くして、後ろの戸の影にそろそろと引っ込んで、事の次第を見守った。
「どれ、見せてみん?」
「いや、その、今は、その・・・」
「とって食おうっちゅう訳じゃなん。安心せい。」
「はい?」
「お前さんの両親、電話にでんのじゃろ?」
「えぇ、まぁ・・・。」
「ワシが、責任もって帰りまであずかっとる。そういっとるんじゃ。」
「え?・・・」
しまった、と言う顔を隠しながら、の会話。が、なにか拍子抜けになったかのように、顔を上げた彼。
「なんじゃその顔。」
「いや、橋本先生にしちゃ以外だと思って・・・。」
「なにを言うとるかわからんが、お前は勘違いし取るの。ラティから聞いてワシも、掛けてみとったが、確かに繋がらんししょうがなかろうに。そんで、今は人も、そうおらん。校長もええといっとる。」
「え?そりゃありがたいっすけれど・・・。それよりも先輩っすか?先生に言ったの。」
「おう。どれ、肝心な猫はどこにおる?」
「いや、後ろの扉の直ぐ影に身を隠してますが・・・。」
「おうか。どれ・・・。」
会話が、途切れたかと思うと、机に腰をぶつけながら太い足がこちらに歩いてきた。私の前に、壁のように立ちふさがる巨人。見上げるが、大きすぎて首が痛い。片手で私の胴が包まれてしまい、ひょいと持ち上げられた。ずいぶん小さい猫だと、大きな声で笑い、それじゃ預かると、そのまま後ろの戸を開けた。横目で見た、そのときの彼の顔は、まったくの意外といったかんじで、お願いしますと言った後も首を少し傾げていた。淡く光るヒモは、姿を現してはいるが、どうやら見えないらしい。そして、そのまま生徒指導部と板がある部屋に連れて来られた。首に締め付けられるような違和感は、まるで無かった。
「ふぅむ、この辺でいいじゃろうか。」
散らかった机の一角を、太い腕で一掃し、私をトンと置いた。私は、不思議な感覚を持ったまま、まじまじと橋本と呼ばれた大男を見ている。所々につぎはぎのある緑の対のジャージに、つぶれたサンダル。丸顔よりは引き締まって、デブとは到底呼べない体つき。左腕に数珠のようなものをはめ、首には、深緑の勾玉と銀の装飾が施されたネックレス。机は、一番窓際の机、現に私が座っている机を筆頭に、残り四つがくっ付いて、計五つある。周りには、金色の塔が大小に並べられ、その横に金銀胴のさまざまな絵柄が記されたコインも立てかけられていた。もちろん、賞状も綺麗な額縁の中に収められ、天井付近に立てかけられている。
「おう?意外と大人しい猫じゃの。ワシが、ごたごたしちょるあいだに、動き回ると思うとったが・・・。案外利口なんじゃなお前。」
なにか軽く、失敬なことを言われた気がしたが、そこら辺にいる猫と思われていれば仕方が無いかと、半ば怒るきにもなれず、そうだなと返事をするしかなかった。
by幻想師キケロw