帰らない黒猫
(′・ω・)第一話、通りすがりの猫
時間という概念から解き放たれて、どれほど過ぎたことだろう。激動と呼ばれる時代でも、相も変わらず路地裏を渡り歩く、この私。猫である。いつだったか、我輩は猫だのなんだのかかれた書物を拝見させてもらったがそこに描かれた黒塗りの妙な絵物が、どうやら私のこと指しているらしいと理解してからずっと、胸を張って猫であると言う。まぁ、正直を言えば、あの時、水溜りや透通る石の壁に自らを映しこんで丹念に調べた結果、ともいえなくもないが。それまでは自分のことを人間だと勘違いしていたものだから、幾ら背伸びをしても伸びないし届かないわけで、思えば滑稽だったと時々反省もする。さて、名前も言わず、ずかずかと自己紹介してしまって申し訳ない。なに、野良猫だと?。ふむ、そう思われても仕方がない。猫だ、としか言ってないからな。では改めて、私の名は、スムール。生前の恩人がそう呼んでいたのだから間違いではない。おそらく深い意味などないのだろうが。以後、私を呼ぶときはスムール、もしくは黒でいい。何?、黒なんて一言も出て無いだと?。
ふぅ、いささか細かいことを気にする輩だ。そんなことを気に病んでいればいつまでたっても私の思い出話が始められないだろう。いずれ話す。
始まりというのは、いつどこで、どこがきっかけで動き出すのかは判らない。そういっている私も、この体になってから解った事の一つだ。なぜ、と聞かれても答えようがない。この私が、猫であることを知ったのもこの体になってから。私という、自己を示す言葉を使うようになったのもこの体になってから。壁もすり抜けるし、いやはや便利というものだ。だが、いささか不便といえばうまいものを口にできないことだろうか。まぁそんなことはどうでもいい。これは、私が現代と呼ばれる時間のある一時に体験した物語だ。私は、いつもと変わらず人ごみを避け細い路地や、薄暗いトンネルなんかを駆け回っていた。人と言うものは、なにぶん恐ろしく、そして、卑怯で温かなものか私は重々理解している。よって、滅多に大通りにも出ないし声も上げない。透通る体になってからずっとだ。ただ、どうしても向こう側にいくときはしょうがない。人の少なくなった頃を見計らい渡っていく。ただ、このときに注意しなければならないのは、見える輩がいるということだ。滅多に、そういう人間に遇うことはないのだが、ただ、どうやらなにか誤解されているらしく。見るもの、見るもの、皆全て、嫌な顔や落ち込んだ顔をして私をにらみつけるのだ。まったくあれは不愉快以外何者でもない。ただ、あの青年と逢った時もそんな感じだった。町外れの道。誰もいないと思い、ぐいっと体を伸ばしたその時、暗がりから突然飛び出てきた。青年もどうやら驚いたようで、うわっと声を上げた。そしてそのまま、道路の上に滑り込んだ。私は、その青年の上げた声が気になり、その場で屈み尻尾を体に巻きつけ、ぴんと耳を立ち上げて青年のほうを見つめていた。もちろん、いつでも逃げ出せるように全身に力を込めて。
「っ痛・・・、なんだよ。」
そりゃ、痛いだろうさ。鞄の物が、人気の無い道路に盛大に並べられているのだからな。
「・・・・、なんだ猫か・・・。ふぃ・・・。蹴り飛ばしたかと思ったよ。ったく」
と言うより何故そこまで呆れた顔をされなければならぬのか教えてほしい
「あぁ~あ、こんなに散らばって・・・。御前も手伝え・・・って無理な話だな。」
この言葉に少々むっとした。普段なら、立ち上がりそそくさとその場を去ってしまうのだろうがこの時ばかりはなぜか声に出してしまった。
「ふん。勝手に転んでおいて手をかせとは、いささか勝手過ぎる・・・」
そっぽを向いて言い返した。横目でそろりと青年を見る。すると青年が、私以上に目を丸くしてこちらを見ているのだ。はて、私の声は聞こえるはずが無いが。ましては聞こえていたとしてもにゃあとかみゃあとかだろう。なぜあんなにもおどろいているのかと不思議に思った
「今・・・、しゃべったの御前か黒スケ・・・?」
はっとした。私の言葉が通ったのかと。
しかし、青年はうっすらとにやけだしたかと思うと、まさかそんなはずはないだろうとわざわざ声に出して言ったのだ。これには、さすがの私も確認しようがない。私の言葉を聞いたのか果たして鳴き声を聞いたのか。
「さて、さて、これで全部かなぁ・・・よし。ふぅ、黒スケには怪我がないようだし。俺も早く家に帰らんとな。おい、もう飛び出してくんなよ!じゃあな!」
私に背中を向けて走り出す青年。奇怪なことが起こる者だと、首を傾げ、あの姿が見えなくなるまでその場に留まっていた。その間に、知らぬ自転車が一台、二台。あさっての方向を見ながら、私の体を踏みつけていった。
幻想師キケロw
つづく・・・