誰かが言った。この白い砂の果てには、希望がある。だからこそ人は、何度でも立ち上がり、そこに向かおうとするのだと。
誰かが言った。この白い果てには、絶望があり人は、そこに希望があると勘違いをして其処に向かっているのだと。
その話は、本当なのだろうか。私が、その白い砂の上に立ったとき、目の前にはしっかりと踏みつけられた誰かの足跡があった。
僕は、何をしているのだろう。ふと、授業中に思った。ながながと続く梅雨空の外を眺め、退屈な声を左から右へと流している。先生が、不機嫌に指名してきても、僕はただ言われるがままその部分を読み上げる。もういいといわれるまで。僕が指名されると、なぜか周りからくすくすと笑い声が聞こえる。入学してからずっと。何がどう面白いのか不思議だ。
授業が終り、放課後になると、決まって茶髪の先輩とか五、六人集まってお小遣い頂戴といってくる。親からもらってないのか。かわいそうに。でも結局、ないことがわかっているのか、殴るだけ殴って消えていく。つまらない。しかし、殴られるのは痛いというが、痛いとはどんな感じなのだろうか。わからない。いつも、そう思う。僕は、仰向けに空を暫く眺め、のそのそと起き上がり家に帰る。
そんな日々が卒業まで続くと思っていた。
梅雨が明け、夏休みまで一ヶ月切ったころ。月の初め、水曜日の十時少し過ぎたころのことだった。教室に、黒いスーツの五人組が小さな女の子を抱えて乗り込んできた。同時に、教壇で数学を教えていた女の先生が乾いた音とともに倒れた。頭を、撃たれた。先生の頭が、体が大きく反り返り、そして、倒れた。窓には、血がべっとりとついていた。校内に、悲鳴が飛び散った。
僕は、その光景をゆっくりとじっくりと見ていた。あれ、なんでこんなに遅く見えるんだろ。人や、ものってこんなに遅く動いてたっけ。そう、思いながら席を動かず見ていた。周りのクラスメイトは、我先にと逃げ出そうとしていた。その顔は、恐怖に染まっているのがわかった。だが、僕はわからなかった。何に怯えてるんだろう。本当にそう考えていた。そのうち、タンタンと二回銃声が鳴った。女子が三人、逃げ遅れた。内一人が太腿を撃たれた様だった。
五人のスーツの男は、それぞれ教室の四方と教壇という配置についた。僕たちは、女の子と一緒に真ん中に集められた。近くに来てわかった。女の子は眠らされているようだった。そして、僕に、僕の左に手錠とともにつながれた。女の子は、だらりと僕の左足に寄りかかった。力の入っていない人間は、意外と重かった。一方で、逃げ遅れた女子は、撃たれた一人が痛みで声が出ないのかううぅっという声を小さく出すだけでうずくまっていた。残り二人は、泣いてお互い抱き合って小さくなっていた。僕は、その真ん中で立っていた。
教壇にいた男が、誰かに連絡を取っている。窓側の二人は、カーテンの隙間からしきりに外を覗いている。前後の入り口に着いた二人は、銃口を天井に向けドアに耳を当てたり、時々あけて外の様子を見たり、外に集中しているようだった。
僕は、立っているのが疲れた。胡坐をかいた。後ろでは、相変わらず撃たれた女の子がうずくまっている。
女子A:「うう・・・うう・・・」
僕:「・・・・・。」
僕の右側では、女の子二人がひたすら泣いていた。
女子B:「ひっく・・・うう・・・」
女子C:「ううう、ううう。」
僕:「・・・・。」
僕の左では、男たちに連れられてきた女の子がすやすやと寝ていた。僕の太腿を枕にして。
女の子:「スー・・・・、スー・・・・」
僕:「・・・・・。」(さて・・・、どうしたものか・・・なっと・・・)
僕は、女の子の頭をそっと床に下ろし、そのまま右回りで撃たれた女のこの方を向いた。両手で、撃たれた右腿の部分を必死に抑えていた。僕は、強い女性だと思いつつ、一分ほど眺めた。血が、ゆっくりだが広まっていくのがわかった。僕は、彼女の顔を覗き込んだ。少し青いような気がした。そして、彼女が、クラスでいつも僕に蹴りや誹謗中傷をしてくるミサトさんであることを確認した。顔もスタイルもよく、明るくほかの女子や男子に人気が高かった。その彼女が、芋虫のように丸まっていた。不意に、フッっと鼻に気がいった。そのとき、彼女の目がうっすらと開き僕を見た。いつもいじめてくる力強い目色が、このときは弱々しかった。
僕は、ワイシャツを破り始めた。無意識に。そして半分に破ったワイシャツで、止血を始めた。彼女はよほど痛いのだろう。押さえつけた手をどけようとするのを拒む。しかし、上だけ押さえても、貫通した反対側からも血は出ている。僕は、彼女の頬を優しく二回叩いた。彼女は、腕の力をゆっくり抜いた。抑えていた彼女の両手は、紅くヌルリと光っていた。彼女を仰向けにして、撃たれた方の足を近くにあった誰かの椅子に乗せた。そして、僕の口と、開いている右手で彼女の傷口を覆った。ものの一分もしないうちに、僕の片割れは紅く染まった。
僕:「・・・・。」(足りない。彼女の血が止められない。でも、Tシャツは、弾力がありすぎて破けにくい・・・。)
ふと、泣いていた二人の女子がいた事を思い出した。
僕:「すまない。」
女子B:「うう、ひっく、うう」
僕:「・・・・、すまないワイシャツを脱いでくれないか?」
女子B:「うう、お父さん、たすけてよぅ。おかあさん・・・。」
僕:「・・・・、すまないワイシャツを脱いでくれないか?彼女が危ないから・・・。」
女子C:「うう、うう、うう、ううう。」
女子二人は、泣くだけでうなずいたりしない。僕は、苛っとした。左手をぐっと前に動かしてしまった。寝ている少女が、引きずられた。
僕:「・・・・。」(あ!・・・・。そうだった。繋がれてたんだっけ・・・・、まいったな。・・・。邪魔だな、この手錠。)
その時だった。電話をしていた男が、話が終わると同時に僕の前に歩いてきた。そして、懐から銃を取り出し、何やらつけてから僕の左腕を撃った。最初の乾いた音ではなかった。パシュっと空気が何かから抜けるような音だった。女子二人は、悲鳴を上げてさらに小さくうずくまった。そのとき、打たれた衝撃は意外と重い、と僕は思っていた。男は、僕の頭に銃口を突きつけ静かに重い声でこう言い放った。
男:「おい、・・・・。大事な、とても大事なもんなんだ、それは。引きずるってどういうことだ?坊主。次は、頭飛ぶからな。覚えておけよ?」
僕は、痛みを感じない。だから、撃たれても平気。それよりも、撃った男の人が不思議でならなかった。
僕:「うん、わかった。」
僕は、笑って答えた。男は、不思議そうな顔をしたが、銃口を頭からどけてくれた。その後、ほかの二人を連れてどこかへ行った。僕の腕には、生暖かいものが流れる感触がはっきりとあった。それでも、彼女ほどではなかった。痛みがないから。彼女の様子は、刻一刻と悪くなっていた。
僕:(もって一時間・・・、いやそれ以下か・・・)
また、僕自身にも時間がないことに気づいていた。
暫く、考えた。彼女と、男二人と、少女と、女子二人の順で見渡すこと三周した。
答えは、男二人を【殺して】ここから出る。それしかなかった。
僕は、少女との手錠を千切った。意外と柔らかなものでできているなと思った。次に、彼女の足を上げている椅子の足を二本へし折った。もちろん、彼女の打たれた足は、慎重にどかした。そして、へし折った二本の足を、後ろの窓側にいた男にまず投げた、振り向いて黒板の扉側にいた男に投げた。両者とも、頭を貫通した。即死のようだった。一瞬自分の腕に驚いたが、それもつかの間、死んだ男の懐から銃を奪い、それから女子二人の肩をたたき、少女を背に彼女を前に抱きかかえ、教室を出た。廊下は、とても静かだった。僕は、歩き出した。そして、考えた。
僕:「・・・。はぁ・・・・、はぁ・・・・。」(これだけの騒ぎだ。警察が、正面に居るはず。いや、居る。何度も経験したのだから。でも救急車は居るだろうか・・・。あれは居たときと居ないときがあった。今回は居てほしい。その方が楽だから。犯人は、正面に堂々と居る頃か、交渉を終えて戻りかけてくるはず。今回は、・・・・、正面だな。本当なら、裏口を通って脱出したいけど、それじゃあ彼女が間に合わない。かといって、後ろの女子二人を先に行かせると、僕も彼女も背中の少女も死んだ。結局、僕以外を生かすには・・・、正面に行くしかないんだな・・・。)
結論。僕は、結局死ぬしかなかった。彼女と、少女のために。僕は、腕の中の彼女を見た。小さく見えた。僕のTシャツをぎゅっと握り締め、かすかに震えていた。僕の左ひじは、流れる血を一滴、一滴床に落ちるのを見送っている。たまに、意識が遠退く。多分このせいだ。後ろを見なくても、僕と彼女の血が点々と繋がっていることだろう。女子の二人は、僕のTシャツの後ろをつまんでついてきている。正直、動きづらい。けど、しょうがないか。