島田市諏訪原城の整備を進めるため、島田市教育委員会が発掘調査を継続していますが、今年度もすばらしい発見がありました。
場所は二の曲輪東馬出と名づけられているところで、これまでも空堀状で、堀という認識はしていたのですが、びっくりする深さの堀だったことがわかったのです。これまでは深さ3mぐらいだったのが、8mぐらいの深さ、しかも薬研堀でした。これは自然に埋まったのではなく、人工的に埋めたことも明らかになりました。土層から、武田時代ではなく、徳川家康の時代です。家康が大がかりな改修工事をしていたことが、ここからもわかってきました。
その下層、武田時代の地層からは鉄砲玉も見つかっています。来る2月27日(土)午前10時と午後1時、現地説明会が開かれます。
なお、二の曲輪北馬出の周辺では樹木の伐採が進み、縄張がよくわかるようになっています。ちょうど草も枯れていて、諏訪原城のすごさを実感するにはうってつけです。
岐阜城址山麓部の信長居館のところが継続的に発掘調査が進められていて、先日、新たに池の遺構が発見されました。5cmほどの粘土層で固められ、水路もはっきりわかります。庭石と思われる巨石もあり、ルイス・フロイスが『日本史』に書いている「きわめて新鮮な四つ五つの庭園」の内の一つと思われます。
私が注目したのは、底面に、縁泥片岩と赤色のチャートがまじっていた点です。水が張られていたらさぞかしきれいだろうと思いました。庭造りに熱心だった信長ですが、安土城ではそんなに庭造りにこだわっていないのが不思議な気がします。
なお、2月27日(土)に現地見学会が開かれる予定とのことですので、確認の上、足を運んでみてはいかがでしょうか。関連ニュースがこちら