先日、関ケ原町ふれあいセンターで、私の講演「直虎以後の物語~井伊直政と関ケ原」の終了後、地元の方との懇談の場が設けられました。街角案内ボランティア協会(3人)、歴史を語る会(3人)、史跡ボランティアガイド(5人)、関ケ原古戦場保存会(4人)、のろしの会(3人)と観光協会(3人)、関ケ原町歴史民俗資料館(1人)の計22名でした。

日ごろ、ボランティアガイドがお客さんから尋ねられることがらについての質問が多かったのですが、私自身、勉強になる話もありました。たとえば、宇喜多秀家の陣所である南天満山に喰い違い虎口や土塁・空堀があるという指摘です。これまで、「松尾山が城だった」といわれてきましたが、南天満山も、9月14日以前から普請が進められていた可能性があります。

現在、岐阜県と関ケ原町が一体となり、ビジターセンター(仮称)の具体化が進んでいますが、地元の方々の地元ならではの研究成果も生かせるような施設にできればとの思いを強くしました。