ここのところ、たて続けにシンポジウムが3つありました。一つは、基調講演をし、そのあとパネラーとして参加した「NPO法人城郭遺産による街づくり協議会シンポジウム 新視点日本の城―城郭研究と成果」です。私の基調講演は「日本の城―その見方・考え方―」という演題で、古代神籠石が織豊系石垣に直結しないのはなぜか、畝城連続竪堀のある地域とない地域をとりあげ、城の地域差についての問題提起を行いました。
報告はほかに三浦正幸氏の「姫路城の魅力―その造りと美しさ―」、中井均氏の「甦る戦国山城の実像―考古学の視点から―」、加藤理文氏の「安土城に挑む―謎はすべて解けた?―」でした。それぞれの報告はいずれも興味深いもので、また、パネルディスカッションもいろいろな意見が出て勉強になりました。
二つ目のシンポジウムは、「家康公四百年祭」の一環で、「徳川の平和―その智恵と遺産―」で、アメリカのイリノイ大学名誉教授ロナルド・トビ氏、大妻女子大学名誉教授ポタルト・ベイリー氏、帝塚山大学教授笠谷和比古氏、大妻女子大学教授上垣外憲一氏、イギリスのロンドン大学教授タイモン・スクリーチ氏の5人がパネラーで、いずれも興味深い発言をしていましたが、聴衆の一人として印象深かったのは上垣外氏の発言で、「家康の心の中に、藤原惺窩の理念が入っていた」というものでした。その他、キリシタン排除をめぐって、芳賀徹氏の名司会もあって、白熱した議論が展開し、おもしろかったです。
三つ目は、私が会長を務めている静岡県地域史研究会の総会後のシンポジウムで、今年のテーマは「近世駿府の歴史的位置」で、いずれも、会員の増田亜矢乃氏が「近世初期駿府城下町の構造」、岡村龍男氏の「近世駿府の支配構造と地域社会」、杉山容一氏の「明治前期における静岡藩政と豪農」の3本の報告のあと、討論が行われました。
江戸時代、駿府城代とか、加番を務めた大名家で、家康時代の駿府城下図の写しを持っているというのは知りませんでした。
報告はほかに三浦正幸氏の「姫路城の魅力―その造りと美しさ―」、中井均氏の「甦る戦国山城の実像―考古学の視点から―」、加藤理文氏の「安土城に挑む―謎はすべて解けた?―」でした。それぞれの報告はいずれも興味深いもので、また、パネルディスカッションもいろいろな意見が出て勉強になりました。
二つ目のシンポジウムは、「家康公四百年祭」の一環で、「徳川の平和―その智恵と遺産―」で、アメリカのイリノイ大学名誉教授ロナルド・トビ氏、大妻女子大学名誉教授ポタルト・ベイリー氏、帝塚山大学教授笠谷和比古氏、大妻女子大学教授上垣外憲一氏、イギリスのロンドン大学教授タイモン・スクリーチ氏の5人がパネラーで、いずれも興味深い発言をしていましたが、聴衆の一人として印象深かったのは上垣外氏の発言で、「家康の心の中に、藤原惺窩の理念が入っていた」というものでした。その他、キリシタン排除をめぐって、芳賀徹氏の名司会もあって、白熱した議論が展開し、おもしろかったです。
三つ目は、私が会長を務めている静岡県地域史研究会の総会後のシンポジウムで、今年のテーマは「近世駿府の歴史的位置」で、いずれも、会員の増田亜矢乃氏が「近世初期駿府城下町の構造」、岡村龍男氏の「近世駿府の支配構造と地域社会」、杉山容一氏の「明治前期における静岡藩政と豪農」の3本の報告のあと、討論が行われました。
江戸時代、駿府城代とか、加番を務めた大名家で、家康時代の駿府城下図の写しを持っているというのは知りませんでした。