先日、月山富田城の麓、安来市広瀬中央交流センターで、私の講演会「月山富田城の魅力」があり、行ってきました。会場の定員500人ということで、檀上から見ていても、空席が10あるかないかの超満員で、センター長も、「このセンターができてはじめての超満員です」といっていました。月山富田城についての市民の関心の高さがうかがえ、うれしかったです。
その夜は泊まり、地元の吉田酒造(株)の「月山」を呑み、翌日は『歴史人』(10月6日発売の11月号)の取材で、カメラマンと月山富田城を歩きまわりました。カメラマンがドローンを持ってきていて、やや上空からも撮影していましたので、どのような写真になるか楽しみです。
月山富田城での取材のあと、布部山城に行ってもらいました。ここは、尼子勝久・山中鹿介主従が尼子家再興をかけて毛利軍と戦った城で、前から上まで行ってみたいと考えていたところです。この布部山城の戦いが毛利輝元の初陣だったことも知られています。曲輪もよく残っていて、大きな空堀もあり、何よりも、本曲輪からの眺望は抜群でした。一瞬ですが山中鹿介の気分になりました。
その夜は泊まり、地元の吉田酒造(株)の「月山」を呑み、翌日は『歴史人』(10月6日発売の11月号)の取材で、カメラマンと月山富田城を歩きまわりました。カメラマンがドローンを持ってきていて、やや上空からも撮影していましたので、どのような写真になるか楽しみです。
月山富田城での取材のあと、布部山城に行ってもらいました。ここは、尼子勝久・山中鹿介主従が尼子家再興をかけて毛利軍と戦った城で、前から上まで行ってみたいと考えていたところです。この布部山城の戦いが毛利輝元の初陣だったことも知られています。曲輪もよく残っていて、大きな空堀もあり、何よりも、本曲輪からの眺望は抜群でした。一瞬ですが山中鹿介の気分になりました。