先日、京都で平安京・京都研究集会「室町将軍と居館・山城―権力・器量・武威―」が開かれ、行ってきました。報告は3本で、山田康弘氏の「戦国時代における足利将軍の城館」、馬瀬智光氏の「考古学から見た戦国期京都の防御施設」、福島克彦氏の「室町将軍の山城と戦国期京都」です。報告後、質疑討論が行われました。
山田報告は、戦国期歴代将軍の居所について、詳細な表をもとに説明され、意外と歴代将軍が「御所」に住んでいる期間が短いのを知り、びっくりしました。馬瀬報告で、「御所」に堀はあるが、土塁がなかったことに興味をもちました。また、討論の中で、馬瀬氏が「戦乱が収まれば堀を埋めていたようだ」との発言があり、将軍の「御所」とは何だったのかを考える契機となったように思います。
福島報告で、足利義晴期に、南禅寺の裏山に仮称「南禅寺山城」を築いていたというのもはじめて知りました。今回の研究集会で入手した資料を手に、あらためて周辺を歩いてみようと思います。