1991年に、亡き宮上茂隆氏と共編で『図説 織田信長』(河出書房新社)という本を出しました。そのとき、図版に真清田神社の蘭奢待と関長安の奉納状を写真で入れてもらったのですが、カメラマンに行ってもらって写真を撮ってもらっただけで、実物は見ていません。
ずっと気になり、いつか本物を見たいと思っていました。昨日、一宮で講演があったので、真清田神社を訪ね、本物を見せてもらいました。これは、天正2年(1574)、織田信長が正倉院の蘭奢待を切り取り、それを家臣たちに小分けにしたもので、重臣の村井貞勝に与えたものです。真清田神社のは、村井貞勝から、さらに小分けにして家臣の関長安に与えたもので、それを奉納状にある通り、真清田神社に奉納したというわけです。
『図説 織田信長』に取りあげたときは、そこまでの由緒しかわからなかったのですが、真清田神社に行き、関長安と神社との関係がわかりました。関長安の祖父にあたる康正が、真清田神社の神官であり、織田家の家臣として、近くの一宮城の城主でもあったというのです。康正―長重―長安3代、一宮城の城主だったことを知ったのは収穫でした。