リーダー力の無さでは、市議会議長の中垣さんにはかなわないと、市民間では言われていたものの最近では、尾鷲市長の岩田さんも同じようだ。


また一部の議員からは、ネット上で岩田市長の市民感覚(目線)の無さを指摘する書き込みがみられるように、地元経済の疲弊を把握していないことが露呈してしまった。市民派と言われて誕生した市長であったが、市民的なのは野良仕事とか魚市場で雑魚をおかずにするくらいだったようで、市長となって裕福となった現在は美食家?のような評判である。


だから、課長として数千万円と言う退職金を貰う市役所職員にまた仕事をやるとは驚いた。それも30万円以上の月給だ!


何が市民派だ?


消防署の様々な問題の対応もふんぎりが悪いようである。


リーダー力とは判断力であり、その時々の対応の仕方によって問われることである。


この市長さんに尾鷲を委ねることに限界がきているようである。

大阪市長選挙で多くの批判を受けながらも橋下前大阪知事が圧勝した!独裁者とも比喩されても有権者は強いリーダーを選んだ。


民主党が与党である現政権にも強いリーダー力が国民から問われている。小沢一郎という超リーダー力がある人物がいるものを与野党が表舞台へ立つことを封じている感が否めない。小沢一郎が好きとか嫌いとかの選択時ではないようなくらい、今の日本は、憂国なのだ。


これは地方でも同じで、尾鷲においても、未だに自身のビジョンとか言葉の無い首長、そして、不甲斐ない市議会が尾鷲市民を不幸のどん底へ導いているようだ。


昨年、リーダ力のある議員を地元メディアを利用した議員グループが陥れた。というより、地元メディアが必要以上に攻撃をした。攻撃というよりヒステリックな記事の多様であった。


そこから、尾鷲市議会の低落ぶりは目に見えて現れたのだった。リーダ-力のない首長に、判断能力の欠如した議員、こんなことで尾鷲に将来は望めるのであろうか?


来る年には、首長や議員の能力を見極めて、平成25年に行われる市長選挙、市議会議員選挙で改めなければ、尾鷲は沈没してしまう。


議会中継が行われ、市長も議員もその能力判定ができるようになった。新聞の編集力で世論さえ左右されていた時代から、テレビやインターネットで生身の姿を見ることにより、能力の有無が判断できるようになった今こそ、真のリーダー力のある人物を選ぶことが、尾鷲の未来につながる方策である。有権者が必殺仕事人になり、不要なもの(者)を切り捨てよう!

今、尾鷲は荒れている。

これまでの尾鷲には野武士が沢山いた。小粒ばっかりになった現在、しみったれたことが多くなっているようだ。

もともと、出る杭を打ちたがる地域性や足を引っ張るのが好きな民族性?もあるようで、平均値を好むのか嫉むのか、兎に角、頭角を表したり信念を貫こうとするものなら寄って集って潰そうとする。時にはメディアまで社を挙げて挑んでいるようである。

滑稽な社会現象が起きる時がある。


最近の尾鷲では、純粋の尾鷲人の活躍が見られなくなっている。

議会の議長さんも、地元新聞の記者さんも尾鷲人気質を知っているのだろうか。

大海を見ることも大事なことであるが、尾鷲人気質の良さを広げることがもっとも大事なことで、その上に立って、メジャー化を進めることが最良のことである。しかし、町が疲弊していっている。尾鷲人気質の良さを発揮する場や取り組みをすることをしないからであり、出る杭を打ってしまうからである。


町の活性には、尾鷲人気質をいかに発揮するか、出る杭をいかに活かすかに関わって来ているようだ。


今一度、根っからの尾鷲人も、尾鷲に移り住んだ人も、尾鷲人気質とはと唱えるべきだ。そこを原点に、尾鷲人の特徴を生かした町づくりこそが住みよい町づくりなのだ。

特に、地元メディアこそが国政や都会のことなどに触れず、田舎は田舎の文化を応援すべきである。


もし尾鷲に住む者が尾鷲人とするならば、その尾鷲人同士による足の引っ張り合いこそ止めるべきで、それこそ小競り合い如きでお茶を濁しいても町は良くならない。




市立尾鷲中学校の臨時講師(26歳)が数人の生徒にせがまれ、たばこを与えたばかりかタスポ(成人認証するためのカード)まで貸したり、一緒に喫煙していたことが話題になっている。


この臨時講師は、今年4月から同中学校に臨時講師として勤務している。学校内の評判は「優しい先生」らしいが、生徒指導上の生徒を抑制するためのテクニックとしたものか、規律など頭になかったのか、肝心な教育の基本を忘れているようだ。

生徒指導の立場だったとも言われている。臨時講師にこんな仕事をさせる上司も上司や、考えものである。

尾鷲中学校という学校は、不定期ながら生徒に関する様々な話題を提供してきている市内に2つある中学校のうちのマンモス校で、一部に2つくらいの学校に分離することを論じる者もいるようだ。

話が逸れたが、日本の教育の権威はどうなって行くのだろうか?紀北地区では、教育委員会そのものが紀北町主導で、民間人を教育長にしたり、義務教育と大きな違いのある元高校教師を教育委員長に据えた登用の尾鷲市教育委員会の指導力の無さや、問題意識の無さに尾鷲市の教育の低落ぶりを思い知らされていることが議会の委員会で指摘されていた。


この議会も、幼稚な若い議員にのせられベテラン議員まで横道で騒いだり、議長職をたらいまわしにしたり、真っ当な活動をしているものが少なく、昨年の今頃は真っ当な活動をしている議員をおとしいれたりして騒いでいた。まるで中学生やった。生徒会やった。そんなので市民に愛想をつかされた議会、議員集団と言われていた。そんな議員が教育委員会や学校のことを言ってもさまにならないようである。元の職場へ行って同僚議員の悪口を言っている通称チクリ議員もいるようだし!インターネットで議員活動?みたいな話も。


尾鷲市の低落を止める救世主は誰なのだろうか。強いリーダーを求める!国政選挙ならいざ知らず、市長選挙や県議会議員選挙で浮かばれなかった人やないで!


尾鷲市議会の議長が中垣さんに代わった。新聞などを読むと同じ会派から立候補し、会派外のその他大勢が投票(実際は1票差)して、正副議長のポストを獲得したようだ。一部の議員がポストに執着して中垣さんを担いだとの説もあるようだ。


今このことが尾鷲市民の間で話題になっている。新聞のコラムの解説によると、市政などに関係なく議会の勢力争いに大同団結したように受け取れることが書いてあった。巷では市政をほったらかしてとか、本当は××議員のポスト取りに中垣さんを担いだとか、旬の魚のように酒の肴になっているようだ。

別の新聞のコラムには、この現象を危惧してか1年毎の議長より地方自治法上の任期4年を望んでいる。ポスト争いなど議員同士の問題でわれわれ市民の多くは野次馬で見ているだけだ。やはり、町の活性化が一番とも書いている。もっとも経済がこれ以上悪くなれば議会などに興味もなくなるだろう。ポスト争いより、もっと市民が関心を持つ質問をすることや市民相手の議員活動をしてもらいたいものだ。

そこで中垣新議長が先頭に立って!こんな言葉が当てはまらない組織のトップも過少だろう。今回の議長選挙に隠れて動きまくった議員は、この中垣さんを支えないと、夜の街で梯子しながら、本人の口から梯子をどうだこうだと愚痴らなくてはならなくなるかもね。中垣新議長を誕生させた議員は、いわば、梯子でもあるわけだからね。この梯子しだいで中垣さんが議長として及第点を取れるかどうかなのかもしれないね。