擦れっ枯らし | I don't know what I don't know...

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これからどう生きるか考えるブログ

私は今や擦れっ枯らし。

もう見えない何かに向かって頑張ろうとか努力しようとか思わない(思えない。)

会社のために頑張ろうなんて思っていた半年前の自分が馬鹿らしく思えてきた。。頑張れば頑張るほど同僚も上司も付け上がり、、給料だって少ないし、障がいを告知しても結局は健常者と同等の振る舞いを要求された。病気になれば、、使い物にならないと白い目で見られ、、人間の汚さを思い知った。(どこに行ってもある程度は理不尽なこと、しきたり?はある。あからさまな障がい者の助成金目当てとか、配慮をすると言って自分たちの手に追えなければ追い出し部屋を作って辞めさせるよう仕向けたり、意外と使い物になれば搾取に走り、(自分でいうのもなんだが、、私は英語が多少話せたのでそこを重宝された。。)

何かあれば自己保身に走るような人間ばかりが集まるような職場でなく、私は私を大切にしてくれる人が集まるもう少し身の丈にあった職場で働こうと思う。)

そして、、私は今や外資系に勤務することが嫌で嫌でたまらなくなった。。(日本人トップがアメリカ、イギリス、その他英語圏のトップにヘコヘコ、自分が勤めた会社で日本は、世界から良いようにされているという縮図を見ることになったから。。)

よく、見ず知らずの困っている人を手助けする人がいる。信じられない。自分以外の見ず知らずのどこの馬の骨ともわからない赤の他人のために自分の時間を犠牲にできる人ってあたしにしてみれば、(私は私を本気で救おうとしてくれようとしている人のためだけなら頑張ることができる。)彼らは皆人格者。アメブロは真面目で従順な方、品行方正な方が多い印象を受けている。余裕がない人間は、、本当に余裕がない人間は自分の事で精一杯で他人を思いやっている余裕なんてないと思う。(何度も言うけど、、)

ありがたいことに私の戦友さんたちは皆優しい。そして、真面目で、こんな自分よりも社会性がある気がしている。私は根っからのひねくれ者。表面上は優しい人間を一時的に取り繕うことはできる。(本当に一時的には、、ね、)これも私が見てきた個人的な感想だが、、福祉の援助を無事受けることができた人たちは皆素直で優しい方々ばかりで私のような底意地が悪くひねくれている人たちは少ない(ひねくれていても、社会に対する恨みを、、本当は隠し持っているが、医療関係者、福祉関係者の前で自分が不利にならぬよう出さないようにするのが上手いのか、、)。彼らがはじめから素直で優しい人間だったから社会から援助を受けることができたのか、それとも、、彼らが援助を受ける事ができたから、、それによって心にゆとりが生まれ、今までと見える世界が違って丸く優しくなっていったのか。。

生きていくためには、、役所の方が言っていたように冷静でいなければいけないのか。。

もうわからない。。