『まほろ駅前多田便利軒』/三浦しをん | こだわりのつっこみ

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 「このごろのあんたは、なにかに怯えてるみたいに見えるね」
 と言った。
 行天に心配されている。
 多田は笑いたかったが、吐いた息は音にもならずに宙に消えた。
 こういうやつなんだよな、と多田は思った。勝手なことばかりして、他人も自分もどうでもいいようなそぶりを見せるくせに、本当はだれよりもやわらかく強い輝きを、胸の奥底に秘めている。行天と接した人間は、みんなそのことを知っているのに、本人だけが気づいていない。
 行天と暮らした一年近くのあいだ、多田は楽しかった。血圧が乱高下し、抜け毛が増え、不整脈が頻発する日々だったが、楽しかったのだ。だから錯覚した。
 自分は変わったのではないか、忘れることができるのではないか、と。
 北村周一が現れて、多田は現実に引き戻された。
 結局いつも、俺は同じ場所にいる。
(p298-299より)

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今回は、三浦しをんさんの直木賞を受賞した作品、まほろ駅前多田便利軒を読んだので紹介します。
三浦作品は、君はポラリスに次ぐ2回目であり、さらに長編としては初体験。
最初は、その世界観になんとなくつまずいたのですが、読み進めるとすらーっと読んでいました。


あらすじ
まほろ市で、便利屋の多田啓介
庭掃除から飼い猫探しなど、いわゆる何でも屋を営む彼は、人には決して言わない秘密を抱えながら生きていました。
そこへ、ふとしたことがきっかけで、高校時代の知り合いである行天春彦と再会し、あろうことか行天が多田の家に住み着くようになるのです。

ろくに仕事もできず、何を考えているのか分からない行天ですが、彼との奇妙な共同生活に合わせてか、便利軒に舞い込んでくる仕事も次第に雑用から重いものに変わってきます。

それに比例し、暗い過去を抱えた多田にも変化が出てくるのです。



では以下はネタバレと個人的感想を含むので、いやな方は見ないで下さい。











まほろ駅前多田便利軒 (文春文庫)/三浦 しをん
¥570
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~1回目 2010.12.4~
ストーリーは、割と時系列通りに進んでいて、章ごとに新たな依頼が舞い込むものの、前の章などと密接に繋がっています。

①正月の期間、犬を預かってくれとの依頼が舞い込む。その一方、別の依頼主からバスの監視を命じられる。

②犬の依頼主は引っ越してしまい、それを追うことにする。一方、バスの監視の時に多田は行天と再会。  → 犬は結局一次預り、また行天が便利軒の事務所に居つく。

③犬の引き取りを探すが、現れたのは自称コロンビア人の売春婦のルル。ルームメイトのハイシーと暮らしているが、怪しいために多田はしぶるも、行天の行動で、結局犬は2人の元へ。

④進学塾への送迎を依頼され、
どこか裏がある食わせ者の由良君(由良公)を送り迎えするも、ある日、多田は由良公がバスを利用した麻薬取引に加担していることを突き止める。
   → 売人のトップ、と連絡をとって、由良公と手を切れさせる。

⑤お盆の時期に、再びバスの監視を命じられた多田は、熱中症でダウン。そこで偶然行天の知り合いである三峯凪子と娘はるに出会う。はるは、凪子と行天の間に出来た子であり(とはいえ人工受精)、現在はパートナーと暮らしているとの事。

⑥一方行天は、盆休みを利用して犬の元の飼い主の子マリちゃんをルル・ハイシー宅に連れて行く。そこでハイシーがヤマシタという男にストーカーされていることを知る。
   → ヤマシタは星の手下だったが、行天はヤマシタを半殺しに。自らも腹を刺されるが、奇跡的に1ヵ月半の入院生活を経て復活。

⑦12月に入り、便利屋は繁忙期。行天はようやく1人で、カップルの手切れを仲介する依頼を、多田は木村さん宅の倉庫を整理することに。
   → そこに、新生児の時に病院で取り違いをされ、別の家庭で育った木村さん夫妻の子どもであったはずの男、北村周一と出会う。北村は木村夫妻の様子を知りたがるも、なぜか多田が拒絶。

⑧様々な葛藤の中、多田は自分の苦しみを行天に告白、行天にやはり一人になりたいから出て行ってくれと告げる。行天は出て行くが、多田は気が晴れない。
   → 新年になり、1年前に会った場所で行天と再会。行天はアルバイトとして再び多田便利軒へ。


という1年間の慌しい出来事が軽妙な文章で綴られています。あらすじは大体こんな感じです。


感想です。

まず、思ったのが、多田にしても行天にしても、えらくピュアだなと思いました。

多田は苦しみを抱えていて、離婚した妻が浮気をし、その最中に妊娠が発覚したことに端を発します。
多田は、仮に誰の子であっても自分の子どもとして育てようと決意するのですが、自分の不注意で、生まれてきたばかりの子どもを死なせてしまいます。
奥さんは、結局多田が自分の子ではないと思ったために見殺しをしたのだと彼をなじり、それが離婚の引き金となります。

しかし、多田は毎年その子の墓参りをし、自分のしてやらなかったことを後悔します。
だからこそ、自分の子ども(浮気相手の子だった場合)と、最終章で登場する北村周一とを重ね、生物学上の両親を探ろうとする彼に、自分の過去をえぐられている感じがして、拒絶したのです。

結局、北村は多くのことを望みませんでした。ただ、生みの親が幸せであればいいと心から安心するのです。

もちろん、多田は苦しんだのですが、その苦しみを抱き続けていることがあまりにも深く、考えすぎている感じがピュアです。
行天に関しても、何人か女を救ったり、意固地に幸せを誰かに与えようとする姿、ピュアです。
だから、この物語は純情なおっさん2人の掛け合いとも取れる気がします。

ただ、読み進むうちに、なんとなくその事件や、その解決の仕方が、石田衣良の『池袋ウエストゲートパーク』のように思えてしまって、なんとなく既読感があり、新鮮味には欠けた気がしますガーン

または、30歳過ぎた童貞男=ゲイという眼で判断させるというのは、どうかなぁ。
作者が若干同性愛を絡めた作品(『君はポラリス』だけでしか判断できないが・・・)が見られるので、そういった背景もあるのかなぁ。

まあ一言で言うと、すごく文章を書くことが上手い人が、さらさらと「これをこうして、このように書けば一つの作品にまとまるでしょう?」と綴ったかのような印象を受け、なんといいましょうか、私自身は作者の魂が今ひとつ伝わってきませんでした。

ただ心打つ言葉も語られているのも事実。
最後に、印象に残る行天語録(最後のは凪子さん)をいくつか紹介しますね音譜

「その人間の本質って、たいがい第一印象どおりのものでしょう。親しくなったら、そのぶん相手をよく知ることができる、というわけでもない。ひとは、言葉や態度でいくらでも自分を装う生き物だからね。」(p48)

「だれかに必要とされるってことは、だれかの希望になるってことだ」(p105)

「愛情というのは与えるものではなく、愛したいと感じる気持ちを、相手からもらうことをいうのだと」(p196)




総合評価:★★★
読みやすさ:★★★★
キャラ:★★★
読み返したい度:★★