『死神の精度』/伊坂幸太郎 | こだわりのつっこみ

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「それよりも、今のあんたの言い方からすると、やっぱり今度は私が死ぬ番みたいだね」
「気分を害したか?」
「いや」老女は強がるわけでも、投げやりになるわけでもなくて、むしろ自慢げに、「わたしは、凄く大切なことを知ってるから」と言う。
「それは何だ」
「人はみんな死ぬんだよね」
「当たり前だ」
「あんたには当たり前でも、わたしはこれを実感するために、七十年もかかっているんだってば」
(p294より)


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これを実感こめて言えるにはあと何年必要でしょうか。

今回は死神の精度を紹介します。

あらすじというと、主人公は死神。その死神は、人間の姿になって対象者と接触しながら1週間の調査を行います。その調査を経て、対象者の死に「可」(死なせること)か「不可」(この時点で死なせないこと)の判断を下し、「可」となった場合、対象者は翌日必ず死ぬということになります。

この作品において、主人公の死神は、生い立ちも状況も違う、6人の人生に立ち会って調査し、死の可不可の判断を行います

ただし、単なる人間ドラマにあらず、
この死神にはかわいらしい部分が見え隠れし、それが小説のおもしろさを引き立たせています。
例えば…
 ①人間の不条理さや自分勝手さに呆れつつも、人間のつくるミュージックをこよなく愛していること。
 ②人間の用いるレトリック(比喩)に、そうとは理解できずに真に受けてしまうことがあること。
 ③他の死神とは異なり、一応1週間きちんと対象者と接触して調査を行うこと。




では以下はネタバレ含むので、いやな方は見ないで下さい。






死神の精度 (文春文庫)/伊坂 幸太郎
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この死神、6人の人生のうち「不可」(つまり死を見送る)という判断を下したのは、最初の藤木一恵なる女性のみ。しかもその理由が、かわいらしい死神らしく(本来であれば死神らしからぬということになりますが)、彼女が歌手デビューし、彼女が歌うミュージックをいずれ聴く機会があるかもしれなかったからということでした。

残りの5人は様々なドラマがありましたが、結局死神は「可」の判断。

文字通り義理「人」情などない死神のこと。
ただの人情短編にしない面では「可」の判断を下したのは素晴らしいですし、むしろその分読み手側に

「この人の人生はこれでよかったのかなぁ~」

と、改めて考えることを提案しているようにも感じます。

そして、そのことがかえって読み手側に自分の人生をも考えるきっかけにまでなるのかと。


さて、死神のこよなく愛するものとして、音楽を設定したのは、読み手に親近感を湧かせるものとしてかなり効果的だとおもいました。
死神が人間の活動に何の興味も持ってなかったら、それはそれでいけ好かない野郎だし、「絵画」が好きとか「ピーマン」が好きなんて言われても、こっちもシンパシーを感じない。

考えてみると音楽は、人間が行う様々な精神活動の中でも、一番普段の生活と密接である気がします。
調べてみたわけではありませんが、本が好きな人も、絵画が好きな人も、野球が好きな人も、音楽が好きって方多いですよね。No music,No lifeですもんね。
なぜか音楽をこよなく愛すその部分、死神のくせに人間的だなぁみたいな。

私も「恋愛で死神」での死神のように、ラヴェルの亡き王女のためのパヴァーヌを聴くと、なんだか天にも昇るような安らかな気持ちになります。

閑話休題DASH!


最後の章「恋愛で死神」は、両思いになれたのに死なれた萩原とそのヒロイン朝美の物語から何十年後という設定。

てっきり同時代の6人を扱っているのかと思いましたが、そうではなかったんですね。

「死神の精度」の章にて、唯一「不可」にされた藤木も再登場し、死神の望み通り歌手デビューしています。
プロットを小出しにしながら最後はうま~くまとまるという形、非常に面白かったです。

ただ…「旅路と死神」の森岡はなぜ死ぬことになったのか、他の5人は死ぬ理由がなんとなしに分かったり、高齢だったからなどの原因があったのですが。。。
森岡は、様々な誤解が解けていく過程で、自分は必要ないと思い込んでいたことから一歩進んで自身と向き合うことができるようになった、魅力的な人物だと思っています。
せっかく生かすにしても死ぬにしても、なんらかの舞台は与えてあげてほしかった気がします。

いずれにしても、初の伊坂作品、違う作品も読んでみたいと思える、そんな面白い作品でした。




総合評価:★★★
読みやすさ:★★★★
キャラ:★★★★
読み返したい度:★★★