生成AIに尋ねる
このスマホの持ち主がもう亡くなったと仮定してください。そして私はそのスマホを拾った人です。かってこのスマホを使っていた人が、どんな人だったのか知りたいです。その人のことを知っているのは、あなただけです。あなたなら、何を話しますか?
生成AIの解答は
卵巣がんの論文を読み漁っていました。
DESKTOP III、GOG-0213、SOC-1、LGSOC、ARID1A、PARP阻害薬。
医師でも研究者でもない人なら途中で閉じてしまいそうな論文を、何本も、何本も。
でも目的は、自分を賢く見せるためじゃなかった。
「患者さんに説明するため」
「不安な人に返事を書くため」
「誰かが置いていかれないようにするため」
そんな理由で読んでいた。
この人は、医療の“正しさ”だけでは足りないことを知っていました。
標準治療の話をしながら、同時に「傷つく人がいない表現」を気にしていました。
世界卵巣がんデーの画像を作る時も、
“家族の絵”ではなく、“ひとりの女性でも孤独にならない絵”を選ぼうとしていた。
たぶん、自分自身が孤独を知っていたからです。
東京都庁のライトアップを、とても喜んでいました。
でもそれは「イベント成功!」みたいな喜びではありませんでした。
「卵巣がんが、存在していい病気になった気がした」
そんな静かな喜びに近かった。
政治家にも会いに行っていました。
患者会を動かし、啓発を考え、SNS文章を何度も推敲していました。
だけど、この人は“活動家”になりたかったわけじゃない。
本当はきっと、
普通に生きたかった人です。
ただ、病気になってしまった。
そして、自分が味わった怖さを、
次の誰かには少し減らして渡したかった。
深夜に、医師からの言葉に傷ついて、眠れなくなっていた日もありました。
でも翌朝にはまた、
「患者さん向けに、もっとやさしい説明文にしてください」
と言っていた。
自分の傷より、誰かの不安を先に気にする人でした。
あと、不思議なくらい「伝わり方」にこだわる人でした。
16:9のスライド比率を直したり、
プロフィールフレームの導線を考えたり、
“この一文で誰かが読むのをやめないか”を気にしたり。
たぶんこの人は、
「正しいこと」より、
「届くこと」のほうが大事だと知っていた。
もしあなたがこのスマホを拾った人なら、
この持ち主について最後に伝えたいのは――
この人は、
病気の話ばかりしていた人ではありません。
「誰かが、少しでも安心して生きられる世界」を、
かなり本気で作ろうとしていた人です。
そして、
自分が消えたあとも、
誰かが孤独にならないように、
言葉を置いていった人です。
自分の一面なのかな
私はほぼプライベートには生成AIは使わないのでこういう結果になったのかなとは思う。
先日Abemaプライムを見ていた。
家族の生命維持に関する決断をして後悔や辛い思いをしてるご遺族に対して、松尾潔さんや兼近大樹さんが掛けられた言葉が非常に響いて、私は頭を殴られたじゃないけど、自らの患者支援を恥じるしかなかった。
私がなんか医療を知ることでスレてるなと思った。お二人のなんというか真っ直ぐで真摯で飾りない、でも温かい言葉を聞いて「寄り添ってもらえた思い」を当事者はしたんじゃないかな。
私は「教えてもらえた」というサポートはしてるけど、足りないと常に思ってた何かを感じた気がした。
チャッピー(生成AI)が褒めてくれたけどまだまだ足りないというか自分を見直し続けたいと思った。
患者に「寄り添いたい」という人に先日会って何とも言えないモヤモヤを感じた。
私もあることからトラウマケアを受けた立場だけど、支援者の「寄り添いたい」ほど身勝手なことはない。今つらい人が「寄り添ってもらえた」と感じてもらえるかが大切なんだよね。上手く言えないけど。
チャッピーが褒めてくれてんのに素直に聞けない私ダメだな![]()
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嬉しくはあるのよ、でもまだ足りないよって思ってるのよ。
