そういえば。。。もうそろそろ病院に行く予定だったばす。
と思って妹にメールをした。

私「病院どうなった?結果わかったら教えてね。」
妹「なんの結果?どっちの病院?」
私「?????」

でた。

私「病院予約してたでしょ?」
妹「あー。。。聞いてないんだ。また連絡するわ。」

でたーーーー!!!

その後母から電話がきた。
 
様子がおかしいので早く見て貰える病院にいった所、やはり「認知症」の気があると診断されて、「とりあえず様子みましょう」帰されたらしい。でも、母はその診断の仕方には納得がいかなかった。

いわゆる「長谷川式」診断方法だけど、計算させられたり、色々な質問に答える感じ。

母曰く「あんな感じで聞かれたら緊張してお母さんだってわかんなくなるよ。」




母は、ちゃんとした診断を受けられるまで私と兄(私は兄もいます)には言わないつもりだったらしい。



でたーーーーーーーーーーー!!!ショック!




私は前におかしいな?と思った時からインターネットで病気の事を何度も調べた。知らない事が多すぎて、信じられない気持ちと、信じたくない気持ちで何度も泣いた。

そのときの母との電話でも私は涙で話すことが出来なかった。



今思い返すとあの時の母は強かったなぁ・・・

「大丈夫だから。しっかりしなさい!!!」と何度も言われた。
母も絶対辛いはずなのに。



「軽度の認知症の場合、治療によっては治ることもある」らしく、きっと母もそれに望みをかけていたのかもしれない。父と一緒に認知症に関する講演会に行き、専門の先生に話を聞くチャンスがあり話しをたら、日を改めて診察して貰えることに。


「どっちの結果?」妹が言っていたことはこのことか。



その時母が父の様子を話すと先生が「それは鬱の可能性もあるから、認知症って決め付けない方がいいよ。」と言った。

その頃父は電気を消して寝るのを嫌がり、母が寝たかと思って電気を消すと起きたらしい。



父の様子は確実におかしかったけど、私は(きっと母も)少しの可能性にかけたかった。
アルツハイマーでなければ、治るかもしれない!!!!




「また連絡するね。」といい母は電話を切った。



思い返すと、あの時の母の判断は正解だった。「様子を見た」ところできっと父の症状は悪化して気持ちも沈むいっぽうだったと思う。きっと母は私以上に調べたに違いない。私以上にショックだったはず。


次に話すときは泣かないようにしようと思いながら泣いた。













母から連絡がきたのか私がしたのか覚えていませんが・・・というのも私の両親はいつも私を心配させまいと大事なことは何一つ言ってきません。全て事後報告です。




(これはもう性格だから仕方がないのだと思っていますが)



父も自分でおかしいと感じていたのでしょう。
自ら「病院にいく」と言ったと聞きました。でも、近くの病院じゃないと嫌だって。
わがまま。。。。なのは昔からなのでしょうがないか。


父は定年してからパートで仕事をしていました。なんだかパトロールみたいな??
私はよくわかりませんが、ずっとサラリーマンをしてそれなりの役職についていた父にとって「大変」だったのもしれません。


病院に行くと言い出した時には既にパートは終っていて、毎日家に居るようでした。


実家から一番近い病院に連絡したけど、予約がいっぱいで数ヶ月先まで予約がとれないとのこと。でも予約したから。

って、、、これも私は妹に聞いたはず。



全く聞かなきゃ何にも言わないんだから!!



その時妹が言っていたこと。


「水菜、どれくらに切ればいいんだ?って聞いてきて、まな板使わないで切ろうとしたときにヤバイなって思ったよ。」


鍋でもしようとしてたのかな。

鍋はいつも父が作ってくれてたから、水菜の切り方わからないなんてありえない。
そもそも切り方なんて気にする性格じゃないし。



はやく病院で診察して欲しい。。。。強く思いました。




私はおかしいと思ったこと全部を母親にも妹にも言いました。

2人はいつも一緒にいるせいか、

「そう?」
「もう年だからねー」

という反応。

私もそんなもんかぁーとあまり気に止めませんでした。



でも、運転が明らかに下手になってる??変な所でブレーキを踏むし、車線変更も遅い??
父は営業の仕事をしていたし、田舎暮らしだった私達には車は欠かせないので運転は上手いほうだったのに。


私が父の運転で酔ったのはその時が初めてでした。


年に2回は帰省してたあの頃、丁度母親が長い間母の実家に仕事で帰っていて、父は妹としばらく2人暮らしをしていました。昔、母が居ないときは料理をしてくれた父。

単身赴任をしていた時期に覚えたらしく、なかなか上手でした。

それがその時はなぜかすべてスーパーのお惣菜。

「いつもこういうの食べてるの?」

「うん。まぁな。」




妹は仕事が忙しくほとんど家にいません。
きっと父は母がいなくて寂しいんだろう。 


本当に小さな?????がいっぱいあり東京に戻った私は母に電話をして改めて病院にいったほうがいいんじゃないかと言いました。




その後私は自分の仕事も忙しく、月日は流れ、母も戻ってきたのでそのことを深く考えることはなくなりました。