浄瑠璃、歌舞伎の手法の1つに

「モドリ」があります。


簡単に言えば「悪者が良い心を見せる」という意味です。「モドリ」のキャラクターは数々いますが、その中でも最も有名で人気演目が『義経千本桜』の「いがみの権太」でしょう…💭



────以下、あらすじですが、木の実・小金吾討死は省略しています。したがって、すし屋の内容も一部省略したところがあります🙏



素行が悪く、親から勘当されてしまった権太。幼い息子・善太にも博打(ごっこ遊び的に)を教えるなどをして、妻・小せんにも呆れられるほど。

一方権太の家族は、権太なしでそれなりに幸せに暮らしていました。権太の妹・お里と両親、そしてお里が恋い慕う弥助という若い男(実は匿われて生き延びていた平維盛)。こっそり金の無心に家に戻ってきた権太は、弥助の正体が維盛であることを知ります。

そして、首打って梶原方へ差し出し、褒美をもらってやろうと駆け出ていきます


勘当した息子が帰宅しただけでなく、匿っていた維盛にも命の危機が訪れ、家族は大慌てです。そうこうしているうちに、維盛を引き渡せと源氏方の梶原景時が家に来てしまいました。

するとそこへ再び権太が現れ、維盛の首と、生け捕りにした維盛の妻子を差し出します。梶原は確かに受け取り、権太は褒美をもらうことに成功しましたが、権太の父・弥左衛門は堪えきれず権太を刺してしまいます。


ここからが「モドリ」と言われる場面です。

権太が梶原方へ渡した首は偽首で、生け捕りにした維盛の妻子の正体は小せんと善太、つまり自分の妻子を犠牲にしたのです

こうして維盛は妻子共々命が助かった、という話なのです。




────私は、いがみの権太はかれこれ片手で数えられないくらいには観ているのですが、どうしても小せんと善太が可哀想になってしまいます。


確かに、維盛妻子の身代わりは小せんと善太本人たちが自ら進んで申し出たことです。


「…『親御の勘当、古主へ忠義、何狼狽へる事がある。私と善太をコレかう』と手を廻すれば倅めも『母様と一緒に』と共に廻して縛り縄、…」


小せんは権太と一緒になる前は私娼の身でした。詳しいことは語られませんが、壮絶な過去だということは予想できます。そんな女性が貴人の身代わりという命さえも危ぶまれる理由で、夫と別れていくのです。

幼い善太も「母様と一緒に」行くことの重大さをわかるでしょうか。


権太のモドリ────それは、完全な美談として語ることはできません。

家族を見捨てた権太は、他ならぬ家族に殺されました。因果応報とはいえ、何とも悲劇的です。


そんなわけで、私はこの芝居、若干の違和感があるのですが、違和感があるゆえに考えがいがあります😏

これから何回と観劇を続けて、新しく答えを見つけていきたいと思います😌






今日はちょっと贅沢にゲイシャをいただきました☕️

おつかれさまでした。