アマプラで『マイノリティ・リポート』を観た。
そこにあることを今日まで知らなかった。どうにもネットフリックスと比べて、そういう点での検索能力が低く感じられる。そのサイトだけで完結しないタイプのサブスクなのでしょうがないとは理解しているが。
なにはともあれ、観た。
素晴らしい。
その一言だ。
粗はあるのだろう。私自身、久しぶりに観ると「ちょっとアクションシーンが長いな」と思わないでもないが、そんな些末な部分はどうでもよろしい。
圧倒的な未来世界のイメージと、そこに同居したスラムのすえた匂い、100%予知可能な計画殺人をどう実行したのかというSFミステリの爽快感、どれほど辛く苦しくとも父であり警官であり続けようとする主人公のドラマ、語り出せばきりがない。
これを小学生のときに映画館で観られたということが、広く創作に向き合う上での強烈な原体験となっている。だからこそ、評価もかなり甘くなっているであろうが、誰にでもそういう作品はあるはずだ。
これと『ブレードランナー2049』は何度でも観れてしまう。
小説やアニメ・漫画・ゲームにも、そういう作品がひとつふたつある。なんなら食事のメニューにさえ毎日毎食でも食い続けられるというものがある。
そういうことが苦にならない性格、というのも、もちろんあるのだろうが、なんでもいいというわけでもないので、やはりある種のマッチングというか、相乗効果があるのだと思う。
ただそれだけを摂取し続けられる、三畳一間の座敷牢などがあればと妄想してしまう。
というか、おそらく文明人の行きつく最上の空間がそれなのだろう。
徹底的に孤立しながら、精神的にもっとも満たされた状態。
我々はそういうものを目指すべきなのだろう。
それは、四半世紀前のスピルバーグさえ描けなかった真なるユートピアの姿なのだ。