いわゆる黒歴史ってやつ(ネタバレあり)~リー・チャイルド/葬られた勲章 | ライブハウスの最後尾より

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どうも( ^_^)/

 

振り返りたくなくても過去がブログに蓄積されてしまっている者です。

 

書いていない時期も、「書いていない」という事実によって浮かび上がる当時の生態があり、もはや電子の浜辺を疾走するヌーディストの如きです。

 

アニメ『ターンエーガンダム』で、闇に葬られた歴史を『黒歴史』と呼び、そのキャッチーさが転じて「振り返りたくない恥ずべき過去」のことをそう名付ける風潮ができました。韓国などでは、本当に新語として登録されているそうです。日本の広辞苑に載るのも、あと一歩でしょう。

 

リー・チャイルドが2009年に執筆し、2020年の今年晴れて邦訳された『葬られた勲章(原題GONE TOMORROW)のある場面に、1980年代、イラン・イラク戦争のころ、ラムズフェルド国防長官と、イラクのサダム・フセイン大統領が仲良く握手をしている写真が登場します。

 

その後、ブッシュジュニア政権でラムズフェルドはイラクを蹂躙するわけですが、彼にとっては、黒歴史かもしれません。

 

また、のちのタリバンやアルカイダとなるサラヤ・ムジャヒディンの戦士たちに、アメリカは武器と資金を提供していたことも語られます。

 

当時は仮想敵国のソ連赤軍と戦うアフガンを、アメリカが支援していたわけですね。

 

これで思い出されるのは『ランボー3 怒りのアフガン』です。

 

今年このたびまったくめでたくない終わり方でめでたく完結したランボーシリーズにおいて、かなり牧歌的というか、明るい作風。ランボーも結構活き活きしていて、元上官のトラウトマン大佐を救うために、ムジャヒディンたちと協力して戦うという内容です。

 

で、エンドロールには「この映画をすべてのアフガン戦士たちに捧げる」などと書いてしまう。敵の敵は味方でも、敵を失った敵はただの敵だということをスタローン含めスタッフは誰も分かっていなかったのでしょう。そのアフガンの戦士の残党がワールドトレードセンターに飛行機に突っ込むのは、それから13年後のことです。

 

ランボーにとっての『黒歴史』でしょうね。

 

いきなり長々と書いたのは、この小説がそういうところの話を下敷きにしているからです。

 

 

当ブログに登場するのは二回目の『ジャック・リーチャーシリーズ』、前回は、こんなことを書きました。アメリカハードボイルドの傑作です。

 


 

 

ネタバレありで突っ走るので、未読の方はまた会いましょう。気にしない方は共に突っ走りましょう。

 

 

 

 

リー・チャイルド/葬られた勲章

 

訳 青木創

 

 

 

・あらすじ

 

あてもなく旅を続けるジャック・リーチャーは、深夜のニューヨーク地下鉄に揺られていた。

 

そこで、軍が「自爆テロを企てる者の特徴」リストに多く合致する女を発見する。

 

翻意させようと話しかけるが、女は持っていたマグナム拳銃で自殺する。爆弾は持っていなかった。

 

女が国防総省から盗み出したアメリカを揺るがす“ある物”を巡ってニューヨーク市警、FBI、国防総省、謎の集団に追われる身となったリーチャーは、連中が言った「ライラ・ホス」「サンソム」なる名の人物を探すことにする。

 

サンソムは上院議員選を控えた政治家で、軍にいたころ、デルタフォースの秘密任務で勲章を受けていた。ライラ・ホスは母親と共にイギリスから来た女で、ウクライナ人を名乗る。元赤軍で亡くなった父親のことについて、サンソムに問い質したいことがあるようだったが、それは嘘だった―――

 

 

・どちらが“本気”かという推理

 

相変わらずのタフガイぶりを見せつけるリーチャーが、追ってくる敵を次々と倒しながら謎を解き明かしていくのは非常にスリリングで、淡々とした一人称の筆致も切れ味があります。

 

その中で、リーチャーが掛け値なしに強いことが、推理の重要な要素になっているのが上手いと思いました。

 

リーチャーには、追ってくるFBIや国防総省の連中が『二軍』にしか見えない。弱すぎる。しかし、海外からやってきた敵は一軍。本気の度合いが違う。百戦錬磨の勘が、違和感を伝える。

 

いきなりネタバレをかましますと、ライラ・ホスとその母親と思われた二人組の女はアルカイダのメンバーで、20人の手下を引き連れてアメリカに入国、自殺したスーザン・マークの持ち出したデータチップを手に入れるため、リーチャーを狙っています。

 

さらにネタバレすると、チップの中身はサンソムがアフガンの山岳奥地でビンラディンを接待する模様で、さらに中にはビンラディン自身のスキャンダルも入っていました。

 

リーチャーはサンソムに言います。

 

「あんたがたいした男であるのはまちがいない。サンソム。立派な上院議員になるのも間違いない。とはいえ、結局ところ、どんな上院議員も百人のうちの一人にすぎない。代わりがいくらでもいるということだ。(中略)パキスタン北西部の洞窟に、今アルカイダの幹部たちが集まっているとする。連中が髪を掻きむしりながら、まずいぞ、ジョン・サンソムだけはアメリカの上院議員にしてはならない、と言っていると思うか? 自分が連中の最重要課題だと思うか?」

 

アルカイダの狙いはサンソムの破滅でも、アメリカに汚点を作ることでも、当時のレーガンを貶めるためでもないとし、こう続ける

 

「確かにその写真はアメリカにとってありがたくない。戦略的失敗の証拠だ。無様だし、汚点だし、恥さらしだ。だがそれだけだ。世界が終わるわけではない。アメリカが崩壊するわけでもない」

「つまりアルカイダは期待し過ぎだと?(略)」

「釣り合いが今一つとれていない。アルカイダは一軍を送り込んだのに、我々が送り込んだのは二軍だ。(中略)アルカイダは写真を入手したいと考えているが、同様に、我々にも保持させまいと考えている。(中略)ウサマ・ビン・ラーディンにとってはもっとはるかに都合の悪い何かが写っているからだ」

 

この滑らかな謎解きが見事だと思ったので、長く引用しました。

 

基本的に敵からも味方からも追われがちなリーチャーらしい、両者の戦力差を考えた明快な推理、相手の自惚れを自覚させつつ、納得させる論理展開、合理より教義を優先させるイカれたテロ組織が“本気”だということを読者によく理解させるのに、ビンラディンのスキャンダル以上のものはないでしょう。すべてが素晴らしいと思いました。

 

 

小説の最終盤は、残忍な女テロリスト二人率いるアルカイダとリーチャー一人との対決です。ライラとその師(弟子かもしれない)スヴェトラーナは、人質の男を生きたまま解剖し、内臓を外気に晒して死ぬのを眺めて恍惚するタイプの敵。

 

リーチャーは内心でこう独白する。

 

向こうは楽しむために戦うが、わたしは生きるために戦う。

 

これは個人的な思いなのですが、殺し合いにおいてはより“野生”に近い方が勝って欲しいです。

 

生け捕りにして拷問してやろうとか、死体の局部を切り取って口に詰めようとか、死にゆくさまをビデオに撮って自慰行為にふけってやろうとか、その手のいかにも“人間的”な嗜虐趣味、余計なことを考えている奴には負けて欲しいのです。

 

生存を目的とした曇りなき殺意は、悪意という邪念を含まない。リーチャーはそれができるから、勝つ。

 

要するに、たかが低俗な暴力でしかない“殺人”に、妙なロマンを見出してるんじゃあないよって話です。

 

だから、暴力に対して遠慮しないこのシリーズが、俺は好きなのかもしれません。

 

 

 

 

 

原作は地味だと思ったのですが、やはりトム・クルーズが主演するとそれだけで何割かダイナミックになりますね。

 

ただ、『アウトロー』ほどは跳ねず、原作者もアマプラのドラマ化の方を支持しているようなので、その完成を待とうと思います。