私は、自分の容姿は好みではありません。


物心ついたころには、大人びた顔立ちで、「かわいい」ではなかったからかもしれません。

「かわいい」と言われて育ったけれど、「かわいい」と私はなんか違う…

日本では、愛らしい、かわいいが正義ですからね。


ただ、どうやら「一般的に見て【美人】に入る部類らしい」と気づいたのは、中学生になったころでした。


「出目金」「マッチ棒」と揶揄われていた容姿が、大人になると多少目立つようになったらしいです。


ビジネスパパから、

「その容姿で相当得して生きてるよね。

人は外見だけじゃないけど、やっぱり入り口だから。特に女の人はね。

俺はそこの土俵で戦えないから、面白い人間になれたよ笑」

と言われたことがあります。


たしかに、今でも、お顔合わせで驚かれることがあります。

もちろんお世辞も入っているとわかりますよ。


リアルでも、子供の年齢を言うと「何歳で産んだ?!元ヤン?!」と言われたりキメてる


自分で見る鏡の中の顔と、客観視されたものは、違うのですね。


シミやシワは少なめなのは、母を見てもDNAに感謝なのですが、フェイスラインやボディのたるみは、自分だからこそ若い頃と比べてしまいます。


ですが、他人からは、それらも「味」のひとつなのかもしれません。


顔やスタイルといった造形だけでなく、話し方、立ち居振る舞い、余裕。

そして、「今どのようにこの場を捉えているか」。


若い子のパパ活と、私たち世代のパパ活は、全く違うものです。


もちろん若い女性が美しく、愛らしく、その価値にお金が発生するのはわかります。


ですが、「味」に価値を見出す男性もいるのです。

できるならば、少しでも見目麗しい方がいいでしょうから、この年齢の活動女性は、皆様「元の造形」の上に「味」を重ねた方々なのだと思います。


50代だからこそわかることは、美しさは見た目だけではなく、生き方の積み重ねが滲み出たものなのだろうと。


それは同じく、男性にも言えますね。

「いい男」とは?


私は年齢の割に「それなりに美人」です。


もう少し自分に自信を持ってもいいかなと、久しぶりのお休み前日の夜にぼんやり考えています。