最近のニュースにこんなのがありました。

 

折角搾った牛乳を、酪農家の人達が捨てなくてはならない状況になっているという。

コロナや餌代の高騰により、大変なことになっているらしい。

 

 

この記事を読んで、思い出したエピソードをひとつ。

1ヶ月かけて自転車で北海道を旅していた時のお話。

 

さあ、皆さんタイムスリップの時間です!

長いよ(笑)

 

 

 

その日、ユースホステル(YH)に到着したのは、まだ陽も傾いていない時間だった。

 

ちょっと早いなぁ・・・

夕食の時間まで2時間もある。

だが、ここを通り過ぎると次のYHまではかなりの距離を走らなくてはならなかった。

 

まぁ、いいか・・・

僕はチェックインした。

パイプ製の2段ベッドが並ぶ相部屋に入り、ベッドに腰を下ろす。

 

さて、どうやって時間を潰そうか?

ベッドにごろんと寝転がると同時に、ドアが開いた。

 

こんにちは!

 

似たような若者が入ってきた。

僕の前のベッドに荷物を下ろすと、お決まりの情報交換が始まった。

彼は、東京から来た佐藤と名乗った。

 

「さてと、行ってみるかな。」

話し終えると、彼は水筒を手に取り立ち上がった。

 

どこ行くの? 近くに面白いところでもあるのか?

 

「実は俺、搾りたての牛乳ってやつを飲んでみたくて北海道に来たんだ。」

 

売ってるところがあるのか?

 

「無いよそんなの(笑) だからさ、牧場に行って直接頼んでみようと思ってさ」

 

なんだよそれ! めちゃくちゃ面白そうじゃん!

 

暇を持て余していた僕は、即座にその話にのった。

自転車に取り付けてあったアルミボトルを引き抜き、2人で歩き始めた。

 

交差点の向こうには、牧場が延々と広がっている。

さて、どっちに行ったら家があるんだ?

右も左も見渡す限り、牧草地帯だった。

なんとなく左に向かったが、しばらく歩いていくと遠くに建物が見えた。

 

やったぁ!ビンゴ!

 

ところが、行けども行けどもその建物は一向に近づいて来なかった。

北海道に行ったことがある人ならわかるだろう。

本州とは、距離感が全く違うのだ。

 

こりゃ、時間がかかりそうだな、走ろうぜ!

しかし、慣れていない二人はすぐに息が切れた。

それでも、もう帰ろうとは、お互い言わなかった。

 

早足で歩くのが精いっぱいだったが、なんとかその家までたどり着くことができた。

しかし、たどり着いた時にはすでに陽は落ち、玄関には明かりが灯っていた。

 

「さすがに、非常識じゃないかな?」と、佐藤は躊躇した。

 

何言ってんだよ、折角来たんだ、怒られたら一緒に謝ればいいだけのことさ。

そう言って、僕は呼び鈴を押した。

 

すると、大柄でいかにも怖そうなおじさんが出てきた。

 

「こんな時間に何の用だ?」

品定めするように、目線が僕らを上下に舐めまわす。

恐る恐る、話をした。

 

「で、どのくらい欲しいんだ?」

持っていた水筒を見せると、怪訝そうな顔をしていたおじさんは、笑い出した。

 

「あははっ、なんだそれだけか? よしよしわかった、ついておいで。」

連れていかれた小屋には、見たこともない機械があった。

 

「これは遠心分離機というんだ。牛の乳には人体に悪い雑菌が多いんだ。

だから、これで分離した後、煮沸しないと飲むことはできないんだよ。」

 

水筒に牛乳を注ぎながら、おじさんは飲み方を教えてくれた。

帰り際、お金を渡そうとしたが、JAが管理してるからと笑って、受け取ってくれなかった。

僕らは、何度もペコペコとお礼を言い、その家を後にした。

 

帰り道、気分は上々だったが、街路灯の無い道は真っ暗だ。

おまけに、YHの夕食が終わる時間も迫っていた。

 

急ごうぜ!

そうは言ったものの、ここに来るまでにかかった時間を冷静に考えれば、すでに絶望的だった。

 

こうなりゃ、あれしかない!

そうだな、あれしかないよな!

 

僕らは、ヒッチハイクをすることに決めた。

 

後ろから近づいて来るヘッドライトに、親指を立ててアピールする。

だが、そのまま車は通過していった。

真っ暗だから見えなかったんじゃないかと、次は大きく手を振った。

だが、2台目も通過。

牧場地帯の田舎道だ。そうそう車が走って来るわけではない。

3台目が来た時には、もう必死だった。

 

止まれぇーーーー!

 

2人とも大声で叫びながら手を振り、鬼の形相で道路に飛び出していた。

やっと一台のワンボックスを捕まえることができた。

 

乗せてくれたおじさんは、僕らに興味をもったのか色々と質問をしてきた。

お礼代わりだと思い、丁寧にこれまでの出来事を話していると無事YHに到着することができた。

 

何とか夕食ありつけた僕らは、そのままミーティングに参加した。

当時のYHにはミーティングという独自のルールがあった。

夕食後、イスを車座に並べて、その日の宿泊者同士が自己紹介やちょっとしたゲームをしたりするのだ。

そんなミーティングのさなか、いきなり入ってきた人物がいた。

 

あぁー! さっきの車のおじさんじゃないか!

 

「皆さん、こんばんは。オーナーの佐々木です。」

何と、僕らを乗せてくれたおじさんは、ここのオーナーだった。

 

「今日はとても嬉しいことがあったので、少し話をさせてください。」

そう言うと、このYHを始めたきっかけから話し始めた。

 

若い頃は、僕らと同じように旅をしていたこと。

やがて、そんな旅人達の手助けをしたいと思い始めたこと。

そして、このYHに来る人達が友となり、その輪が広がっていったらどんなに素敵なんだろうと夢見たという。

 

最後に、今日、自分が思い描いていた理想の二人組に、初めて出会うことができたと、僕らを紹介した。

 

おぉっ!と、どよめきが起こった。

 

「みなさん、ほんの数時間前に出会ったばかりの2人が、どんな冒険をしたか聞きたいでしょ? 

さぁ、さっき車の中で聞かせてくれた話を、みんなにも聞かせてあげてください。」

 

話すのは苦手だという佐藤に代わって、僕はできるだけ面白おかしく話をした。

途中で何度か笑いが起きた。

 

話し終わると、オーナーが言った。

 

「ところで、君達はその牛乳を全部飲むつもり? 希望者がいたら、分けてあげられるかな?」

 

言われてみれば、その通りだ。こんなに飲めるわけがない。

ミーティング後、厨房に集まった希望者を見てぎょっとした。ほぼ全員だった。

 

佐藤は鍋に牛乳を入れると煮沸を始めた。

僕は人数を数えようとしたが、後ろまで見渡せない。

 

みんな、そこのコップを一つづつ取ってくれ。

じゃ、このテーブルに置いて。

 

コップの数を数えると20個ほどだった。

 

みんな、聞いてくれ。まずは僕と彼のコップに目一杯注ぐ。

残りをみんなで分けると、ほんの一口分くらいしかないけど、勘弁してくれ。

みんなは、あたりまえだと言わんばかりに頷いた。

 

さぁ、コップを持ってくれ、少ししかないけど皆で乾杯しよう。

そういって、自分のコップを高々と持ち上げた。

 

乾杯の音頭はお前がやれよ。

そう言って佐藤を見ると、険しい顔で僕を見ている。

 

「おい、その前に、お前のコップを見せろ!」

 

なんだよ、シラケるなぁ~

と、笑いながら流そうとしたが、佐藤は僕の腕を掴んで離さない。

 

実は僕のコップは空だった。

 

いいんだよ、俺はお前と冒険できただけで、十分なんだから。

みんなは、この牛乳を楽しみにしてるんだから、少しでも多いほうがいいだろ。

 

ふざけんな!

佐藤が真顔で怒鳴った。

 

俺はお前が一緒に行ってくれたのが、本当に嬉しかったんだよ。

俺一人だったら、途中で諦めて帰って来たかもしれない。

お前がいたから、出来たんだ。

だから、この牛乳は、お前と飲まなきゃ意味がないんだよ!

 

そういうと、自分の牛乳を僕のコップに半分注いだ。

 

いいのか? お前はこれの為に、遥々ここまで来たんだろ?

 

これでいいんだ。 

よし、それじゃぁ、あらためてカンパーイ!

 

佐藤は、ほんとに旨そうに飲んでいた。

みんなも、そうだった。

 

きっと、この場の雰囲気がそうさせたんだと思った。

 

 

 

最後まで、読んでくれた皆さんに、ネタばらしです。

タイトルが「最高」ではなく「最後」になっていることに気が付きましたか?

実は私、牛乳苦手なんです(笑)

コップが空だったのも、半分はそんな理由。

当然この日以来、一滴も飲んでいません。

 

だから、これが人生で口にした最後の牛乳というお話でした(笑)