熱狂が生まれやすい環境 | 地震保険の保険会社の社長ブログ

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最近、半藤一利氏と浅田次郎氏の太平洋戦争直前の昭和史に関連した
本を乱読しています。ノモンハン事件とか、張作霖爆殺事件とかです。

もともとは幕末の本が好きだったのですが、NHKで龍馬伝が流行ったら
何だか幕末から離れたくなって、ひとりで昭和史にはまっています。

そんな本を読みながら、熱狂することは良いことか?悪いことか?
とふと考えてみました。

考えてはみたのですが、答えはどっちでもないですね。

ごめんなさい。いきなり自分で質問して、自分であほな解答して。

「時と場合による」というすごく便利な日本語がありますが、
熱狂も時と場合によっては良くも悪くもなるようです。

幕末の攘夷から明治維新にかけての動きは、司馬遼太郎氏がおっ
しゃっていたとおり、吉田松陰や高杉晋作のような熱狂的な狂信者
の力がなければ火がつかなかったかもしれません。

そういう意味では熱狂がよい方向に働いたといえる気がします。
熱狂のパワーはパラダイムシフトには欠かせないものかもしれません。

西洋文明に遅れをとっていることの危機感や、外国の侵略にどう対抗して
いくのかという危機感から生まれた攘夷の熱狂は過激すぎるところまで
いき、危険な状態に達していたと思います。

ただ、一部の冷静かつ大胆で、広い視野をもった賢者たちによって、
うまく理性的にコントロールされ、そのパワーは日露戦争などの
その後の日本の躍進につながったように感じます。

一方で、満州事変くらいから太平洋戦争の終盤くらいまでは、誰もコント
ロールできない日本国民の熱狂が、悪い方、悪い方に働いてしまった時代
でした。

慢心とか驕りから生まれた熱狂はあおりにあおられ、幕末とは違い、理性的に
判断する人間は外野に追いやられてしまいました。

この点、半藤一利氏は、日本人は、抽象的、観念的に物事を判断し、自分に
とって望ましい目標をたてて、それを上手な作文、美文で表現し、それに
酔いしれて熱狂的に信じこんでしまう傾向が強いと指摘されています。

理性的に考えることによって導き出されるマイナスの可能性やリスク、
自分に都合の悪い状況、これらは発生しないだろうと勝手に思い込んで
しまうそうです。

「大地震は自分には関係ないだろう」と思い込んで、地震対策を何も考え
ようとしないこととよく似てますね。

太平洋戦争前は、抽象論、観念論で覆い尽くされた国全体が自己過信に陥り、
さまざまな無責任きわまる判断や行動が生まれました。

結果的には、あほな戦争に突入し、300万人もの命を奪うことになりました。

太平洋戦争は、幕末とは異なり、熱狂が悪い方向に働いた例でした。

経済の面でもこうした日本人の熱狂しやすさが不幸をもたらした例があり
ました。

バブル経済です。

熱狂的な不動産投機のとき、だれもが「買った不動産は値段があがる」と
思いこんでいました。

熱狂が悪い方向に働いた例として記憶に新しいところです。

最近は、ビジネスの世界だけでなく、スポーツの世界などでも、NLPとか、
引き寄せの法則とか、原因と結果の法則とか、全脳思考とか、自己の
マインドを操作して、よい結果を導きだそうというのが流行っていますね。

今、身のまわりで起きている事象の原因は、すべて自分の過去の思考の
産物であるというような考え方でしょうか。

逆にいえば、よいイメージさえ強く持っていれば、よい結果が得られると
いう考え方でしょうか。

思考は現実化するという本もよく売れていました。

もともと日本人は理性的な判断よりも、抽象論・観念論が好きな特性を
もっているという半藤氏の指摘が正しければ、これらの考え方は、日本人に
とてもなじみやすいものであります。

とすると、考えようによっては、ただでさえ熱狂しやすい日本人に、さらに
その熱狂に拍車をかけるスキルが流行っている、と言えるのかも知れません。

と、そんなところに、今、ソーシャルメディアの普及も加わってきています。

熱狂に拍車をかけるスキルの流行と、熱狂を伝播するインフラの普及。

これらが組み合わさった今は、これまでにないほどの巨大な「熱狂」が
生まれる素地ができているのかもしれません。

最近凝っている太平洋戦争がらみの昭和史の本を読みながら、そんなことを
感じました。

そんな今だからこそ、理性的な判断さえ失わなければ、大きく飛躍する
チャンスがあるのかも知れないと“前向きに”考えるようにしています。