2年前の社員向けブログの続きです。
(引用始)
代理店の草野球に参加するために、多摩ニュータウンに行ってきました。
多摩ニュータウンというと、昔は、住宅ばっかりで他には何もない、まさに陸の孤島というイメージがありましたが、今はそんなことないですね。大型ショッピング施設、シネコン、オフィスビル、学校、ホテルなどなど、昔のイメージとはだいぶ違っているように感じました。
ちなみに、多摩ニュータウンの第一次入居は1971年3月だそうで、自分が生まれたのとほぼ同時期になり、そういう意味では、同い年の町なのです。田園都市線沿線の開発などに比べるとずっと古い多摩ニュータウンですが、そのイメージは、田園都市線沿線の中央林間あたりの町と比べると、やや人気薄だったかも知れません。
一つには、金曜日の妻たちへなど、田園都市線沿線を舞台にしたドラマが多く流行ったために、そちらの方がイメージがよかったとも言われています。TBSの緑山スタジオの効果でしょうか。
一方、多摩ニュータウンで流行ったドラマは?というと、、そうですね。あの「毎度おさわがせします」くらいでしょうか。これじゃあイメージは上がらないですね。。裸でおっかけっこしてるだけのドラマでしたから。そういえば、堀江しのぶにいつも馬鹿にされて頭を叩かれていた木村一八の弟の子役はどこに行ったんでしょう?
その多摩ニュータウンが最近また盛り返しているようです。ちょうど20年くらい前に、金曜日の妻たちへを見て、かどうかは知りませんが、中央林間あるいは田園都市線沿線に移り住んだ人たちが今では年老いて現役を退いたために、中央林間近辺は、よく言えば落ち着いた、悪く言えば老人ばっかりのシルバーの町に変わってきたのに対して、多摩ニュータウンあたりには、子育て世代の若い夫婦が、広々とした環境を求めて多く入居してきているために、町の雰囲気がかなり若く、活況を呈しているようです。
確かに、京王線の南大沢駅あたりは、毎度お騒がせします世代よりやや若い世代がかなり住んでいるように見受けられました。「毎度お騒がせします」の悪影響がようやく薄らいできたからでしょうか。そんなわけないですね。おそらく、大学や学校、教育機関が多く存在することが一つ要因なのでしょう。自分のような単身者だと、まったく住みたいとは思いませんが、子供がいればこういう環境もいいかなあ、とは思いました。
多摩ニュータウンの中には、いくつも大きな公園があるのですが、その中に立派な運動場の施設があり、大人も子供も気軽に楽しんでいるようです。最近ようやく子供の体力の低下に歯止めがかかったというニュースが流されていましたが、こういうニュータウンの子供たちのおかげかも知れません。ちなみに、子供の体力のピークはちょうど自分の世代だったそうです。
野球の方は、若手の代理店VS研修生という試合だったのですが、自分は代理店チームに紛れ込んで参戦してきました。
なぜか一番バッターになってしまい、準備運動もそこそこに打席に立ったところ、初級を見事に空振りして脇腹を痛めました。2球目は何とかバットにあてて、ぼてぼての内野ゴロになり、それでも一塁まで全力疾走すれば間に合うと思い、猛ダッシュしたところ、一塁を踏んだ瞬間に足をつってしまうという最悪のスタートでした。
そのまま棄権すればよかったのですが、せっかく多摩ニュータウンまで来て最初の2球で帰るわけには行かない、と変な意地を張って最後までやっていたら、つった足をかばっていたために、今度は足首を捻挫する羽目になってしまい、もう最後は本当にボロボロでした。それでも、アキレス腱を切らなかっただけよかった、と無理やり自分を納得させて帰ってきた次第です。
身体が気持ちに追いついてこない状態で無理をすると、痛い目にあう、怪我するという教訓を身をもって体感した一日でした。
身の程を知る、自分を知る、現状をきちんと認識する、プライベートも仕事も一緒ですね。
(引用終)
今読んでも痛々しい。あれからさらに2年ほど老いてますが、体調はばっちりです。腰痛以外は。