マイノリティ・リポート -59ページ目

#5 ヴォルフガング・ティルマンス「Concorde」



Wolfgang Tillmans
Concorde

 コンコルドが飛ぶ様子を写真で追った、本当にただそれだけの作品。

 何も考えず、パラパラ漫画のようにページをめくれば、コンコルドが飛ぶ姿を純粋に楽しむことができる。

 コンコルドのかたちがシンプルなだけに、モノが動く喜びをより強く感じられた。






#4 ヴォルフガング・ティルマンス「Wolfgang Tillmans」

 ティルマンス初期の作品集。
タッシェン・ジャパンが刊行している「BURG」との合本。

 友人たちとのフォト・セッション、静物や即興的に作られた服のオブジェ、日常のささやかな出来事を、ティルマンスは淡い色合いで写真にする。

 評論家のあいだでは、プライベートな写真がじつは演出されているという事を過剰に論じる向きがある。
 しかし、極端に言えばモデルにポーズを指示することも演出である。特別視する必要は感じられない。

 むしろ日常を舞台としたフィクションという意味で、ティルマンスの写真は小津安二郎の映画と同質であると考えたい。

 写り込んだ雑多なモノたちは、いわば青いバケツである。

 小津映画のように、ティルマンスの作品はゆるやかな広がりをもっている。広角レンズで撮影された静物写真のパースペクティブは、その表れとも言えるだろう。

 収録されているサイモン・ワトニーとデイビッド・デイチャーによる各評論はいずれも示唆にとみ興味深い。



 

 


#3 森山大道「DAIDO MORIYAMA」



Nobuyoshi Araki
Daido Moriyama

 03年のカルティエ美術財団での個展にあわせて刊行された作品集。

 写真家として独立した当時から、近作「新宿」に至るまでの作品が収録されている。

 掲載された写真の等価性に驚く。

 写真はすべてハイコントラストのモノクロームで統一されており、時間や被写体の区別なく撮影されたものだということを、それこそが彼の写真というものなのだということを改めて思い知らされる。

 彼はアンディ・ウォーホル、ウィリアム・クラインや東松照明、中平卓馬らの影響を受けつつ、写真を撮り続けることで「写真とはなにか」を自問し続けた。

 森山が歩んできた時代の、あらゆるものが森山のレンズを透して写真となり、眼前に現れる。

 彼自身の手によって、現在の視点で選ばれた作品群は、また現在の彼自身ともいえるだろう。

【「写真の等価性」という語は、当時読んでいた批評によく出てきたので、共通認識として拝借しました。これら一連の書評は若気の至りというやつで、職業評論家が指摘しない事を書こうとしていました。批評家の論説はしばしば作者の存在やその言葉を否定しますから、原典である写真集のテキストを読みつつ、本の「感想文」を書く事が自らの課題となっていました。それでも何故語の拝借をしたのかというと、森山の作品は「遠野物語」から「忠治への旅」あたりは割と造形的(とっつきやすいというべきか)で、初期のアレ・ブレや近作とはまた違う印象があった。にもかかわらず、この写真集はよく編集されていて、彼の写真の特徴である肉乗りの良い抽象性や土着的とも誤解される感覚的なまなざしがある。それをやはり共通認識として「等価性」と言われるならば、それを使わない理由はない。この写真集はコンパクトなのでお勧めです。でも過去の作品が編集された写真集であれば、ABCなどに置かれている大判のものを見た方が写真を堪能できるでしょう。僕は持っていませんけど。 20110614 追記】