俳諧伝授 -40ページ目

月ひら/\2

月ひら/\落来る雁の翅かな  闌更


せっかくですから(?)、この発句の分析をもう少し詳細にやってみましょう。


あたりまえですが、通常私たちが親しんでいる通常文・平叙文とは、かなりかけ離れた姿をしていますよね、これ。


まず冒頭の、


月ひら/\


何なんでしょう?どう読めというのでしょうね、まったく。


辞書を引いてみましょうか。


ひら‐ひら
①紙片・木の葉など軽く薄いものが風を受けてひるがえるさま。「落葉が―舞う」
②火や光のひらめくさま。古事談1「塗籠の中―とひらめき光りければ」
③しなるように体や手を動かすさま。「熱帯魚が―泳ぐ」
④ゆるやかに波打つような動きや形をしているさま。また、そのもの。「ナイロン‐レースの―」
⑤蛇などが舌を出すさま。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


擬態語というのでしょうかね、こういうの。


とりあえず、動きの形容だというのは見えてきますよね。


“ひるがえる”“ひらめく”“しなるように動かす”“波打つような動き”など。


月は発光体ですから、②の“火や光のひらめくさま”ということなんでしょうか。


ひら‐め・く【閃く】
《自五》
①瞬間的に光る。きらめく。「稲妻が―・く」
②旗・紙などがひらひらとする。また、火などがめらめらと燃えあがる。「旗が―・く」
③思いつきなどが瞬間的に頭に浮ぶ。「アイデアが―・く」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


はい、もちろん辞書をいくら引きまくったところで語の意味に到達できないことは承知でやってるんですけどね。


月ひら/\


うーむ。


月は発光体だとして「ひら/\」は月光について云っているのでしょうか。


「月光-ひら/\」という感じ。


とりあえず、そうしておきましょう。


落来る雁の


これは前回も云ったとおり「落雁」のことですね。


詩歌の中で「落来る雁」とあれば、それは「落雁」つまり冬鳥の雁が北方から渡ってきて、湖や池なんかに舞い降りる場面のことです。


場所が見えてきましたよね、つまり水のあるところ、ですよね。


さて、ここで「水面」が出現したことになります。


「月光-ひら/\」ですから、この「水面」には月光が降り注いでいます、そう考えるのがふつうです。


であれば、辞書で見た「ひらめく」の①“瞬間的に光る。きらめく”というのが効いてきますよね。


「鏡のような水面」というのもあるでしょうが、これが「落雁」の場面だとすると、水面は波立っていなければなりません。


この「波」が、まずもって「月光-ひら/\」なんでしょうね。


舞い降りる雁によって、水面は波立ち、月光を反射してきらめいていた‥。


V字型に飛行してきたいくつもの雁の群れが、次々に着水している、そんな状況が見えてきましたよね。


翅かな


は、「の翅かな」ですから、この翅は「雁の翅」で、それは「落来る」ものである、と。


では「落来る」のは何でしょう、「雁の翅」?


闌更は「翅」を「つばさ」と読ませています。


翼が落ちて来る?胴体から離れて?


ふつう、そんなの現実にありえないですよね。空中で雁の胴体と翼が分離して、翼だけが落ちて来るなんてことは。


もう一度全体を見てみましょう。


月ひら/\落来る雁の翅かな


「月」が「ひら/\」と「落来る」のでしょうか?


「月」は「月光」を放つもの、ですから、「月光」が「ひら/\」と「落来る」のでしょうか?


これは、おおいにありうることです。


「月光」が「ひら/\」と「落来る」それは「雁の翅」に降り注ぐ‥。


こういうの詩的ですよね。


「雁の翅」も水面とともに月光を受けていたでしょう。


これは、全体の情景の、部分としてあっていい。


ですが、この句は「落雁」の句ですから、「落来る」のは「雁」ですよね、あたりまえですが。


「落来る」は落下を思わせ、それについ影響されてしまうのですが「落来る雁」は「舞い降りる雁」のことなんですよね。


韻律を無視して云い換えると、


月ひら/\舞い降りる雁の翅かな


こうすれば、意味はスッキリ通りますよね。


月光はひらひらと降り注ぎ-ひらひらと舞い降りる雁の翼を煌々と照らしている‥‥。


もちろん、舞い降りる雁によって、水面は波立ち、その波頭も月光を反射してきらめいていた‥。


これだけでも実に美しく、幻想的な光景です。


が、「舞い降りる」は云い換えでしかありません。


「落来る」は「落来る」、舞い降りるでもあるし落下でもある。


「落来る」は、どうしても落下の陰影をともないます、のではないでしょうか。


雁は、むろん舞い降りる、ですが、その場面において落下するにふさわしいものは何かないのだろうか。


どうでしょう?


水鳥の着水する様子を思い出してみてください。


ここで、闌更は「翅(はね 羽根)」を「つばさ」と読ませている、というのが効いてくるのではないでしょうか。


それに加えて「落来る」の前に置かれた「ひら/\」。


ひらひらと落ち来るものにふさわしい物。


ひらひらと落ちて来る羽根が見えてきませんか。


べつに、理詰めで考えた結果ではなく、この句自体がそれを見せてくれたとしか云いようがないのですけれど。


月光はひらひらと降り注ぎ-ひらひらと舞い降りる雁の翼を煌々と照らしている‥‥。もちろん、次々と舞い降りる雁によって、水面は波立ち、その波頭も月光を反射してきらめいていた‥。その落雁の光景の中から、舞い降りる雁の一羽から抜け落ちたのだろうか一本の羽根が、ひらひらと、ひらひらと月光を浴びて落ちて来たのです。


う~ん、なんか前回と同じことをくどくど書いてしまったような気もしますが。


まいっか。