俳諧伝授 -41ページ目

月ひら/\

月ひら/\落来る雁の翅かな  闌更


│つきひらひら○│おちくるかりの│つばさかな○○│


季節は「月」「雁」で秋。


高桑闌更(たかくわ・らんこう)(1726~1798)の俳諧の発句です。


この句には季語が二つあります。これを俳句用語で「季重なり(きがさなり)」と云います。


俳句における季重なりは、好ましくないものとされ、とくに初心者がこれをやるとかならず指導者から注意され、たいていは作りなおすことになります。


たとえば、


秋風に揺れるススキの爽やかさ


こんな句、初心者が作りそうじゃないですか。


これだと「秋風」「ススキ」「爽やか」が季語で、作者独自の創造は皆無と云えますよね。


俳句は、その人の独創でなければならないのです。


同じ理由で、俳句は類想・類句を嫌います。


似通った発想の似たような句はダメだ、というわけですね。


季重なりについて、俳諧はおおらかなものです。季重なりの発句がゴロゴロあります。


まあ、俳諧と俳句では季語の絶対数が違いますから、発句に季語が二つあるからといってすべてが季重なりとはかぎらなかった、という事情もあるのですけどね。


さて、闌更の発句です。


「落来る雁」は、落雁(らくがん)のことですね。


らく‐がん【落雁】
①空から舞い下りる雁。
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


端的に云うと「月下の落雁」、これがこの発句に描かれた世界です。


月の煌煌と照る中、雁が飛んできて湖あるいは沼や池に舞い降りる場面です。


当然、水面は、月光を反射して輝いていたでしょう。


そこへ、羽ばたきでブレーキをかけながら雁が次々に着水するのですね。


その羽ばたき、そのとき、羽根が抜け落ちるなんてことはよくあります。


雁は着水し、それに遅れるように抜け落ちた羽根が「ひら/\」と落ちてくるんですねぇ。


なんて美しいんだろう。


え?そんな情景見えるのか?って?


これは「ひら/\」と「翅」をどう読むかにかかってるんですけどね。


私は、この「ひら/\」、月光の形容であると同時に、抜けた羽根の舞い落ち来る様子でもあると思うのです。


切れを見てみますと、


「月ひら/\」「落来る雁の翅かな」


「月」「ひら/\落来る雁の翅かな」


どちらでも可能です。


切れの働きじたいが「かさね描き」ですから、異なる切れを持つ両者を、再び重ねることもできるんですね。


そして闌更は「つばさ」に「翅」の字を当てています。


「翅」これふつう「はね」って読みますよね。


は‐ね【羽根・羽・翅】
②鳥または昆虫類のつばさ。また、飛行機のつばさにもいう。平家物語8「蝶の―をひろげたるやうに左右の袖をひろげて」
③鳥の全身に生えている羽毛。「―蒲団」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


「つばさ」は「翼」と書きます。


つばさ【翼】
①鳥類の前肢が飛翔用に発達したもの。全体羽毛で被われ、その羽毛を風切羽(かざきりばね)・雨覆羽(あまおおいばね)・小翼羽などに分ける。また、広義にはコウモリの翼手などをも含める。万葉集13「葦辺ゆく雁の―を見るごとに」
[株式会社岩波書店 広辞苑第五版]


私が「ひら/\」は「抜けた羽根の舞い落ちる様子」でもあるだろうと云うのは、闌更がことさら「つばさ」に「翅」の字をあてているからなんです。


「落来る雁の『翅』かな」これは着水するときのはばたく雁の翼でもあり、そのとき抜け落ちた羽根でもある、と‥。


さぁてここで、俳句に越境しましょう。


ひら/\と月光降りぬ貝割菜  茅舎


│ひらひらと○○│げっこうふりぬ│かいわりな○○│


川端茅舎(かわばた・ぼうしゃ)(1897~1941)の俳句です。


百数十年の時を隔て、月光を「ひら/\」と形容した句です。


いや、ほんとに面白いですねぇ、両句。


これを、簡単に類想・類句で片付けるわけにはいかないですよね。


月光に取り合わされた「貝割」と「菜雁の翅」。


両者の質感の違いが、両者の月光の質感の違いでもあるわけですから。