北欧への留学 つのだ | OUR PACEのブログ

OUR PACEのブログ

ブログの説明を入力します。

一つ、「北欧」というものに、そして「留学」というものに、憧れを抱いている人に忠告したい。
突然にして手に入れる自由は、時に人にとって拷問に代わる苦痛になると。

恐らく私を少しでも知って、メンバーなり紹介を受けてこのブログを読んでいる人は、その事を私が口にせずとも察せる力を持っていると思うが、若し、たまたま「北欧への留学」を考えていてこのブログに出会い、読む人がいれば、少し頭の隅に入れておいて欲しい事として、書いておきたい。

本日、日本からこちらに留学していた仲間が、その留学期間終了残り2カ月を目の前にして、一足先に日本へ帰国した。「留学生活に嫌気がさして」「日本が恋しくなって」「授業がつまらないから」そんな理由ならまだ良かった。本人が望んで、選んでの帰国だから。でも今回のケースは明らかに違う。本人は続けたかった。ここでの生活を。苦しいなりに、自分の力で、人と助け合いながら、続けたかったと思う。見かけによらず頑固で負けず嫌いな子だ。しかし、そうもいかなくなった。本人は望まず、周りも引き止めたくても引きとめきれない、家族が訪れての、強制帰国。突然のことで、皆ショックを受けた。ご家族も、出来ればそんなことしたくなかったと思う。そして何より、本人が一番悔しいと思う。

この事について詳しいことはこれ以上あまり書けない。プライバシーの事があるので。

想像して欲しい。

日本での教育の在り方。人の人生のあり方。
北欧での教育の在り方。人の人生のあり方。

全く違うのだ。

違いに重きを置き、それを知りに来ようと本気で向き合う覚悟で来る人、別にそんなことはどうでも良いから、ただ10か月余暇を楽しみに遊びに来る人、はまだ良い。まずいのは、その差の根本にあるシビアさを覚悟、若しくは知ろうという探求心を持ちきれぬまま、何となく紹介され始めたワンダーランド北欧にまつわるキラキラしたイメージに、単なる憧れ的なものを抱き、生き方の価値観がはっきり見据えられてないまま、日本社会から影響され受け継がれた真面目さをまとって、こちらへ留学しに来る人。こんなケースに当てはまる人にとって、北欧の長期留学生活は、単なる「地獄」だ。残念ながら現在、私の見える狭い範囲ですらこの事実に苦しめられている人が、上に載せた彼女含め何人かいる。
日本の教育は現在揺れている最中だと思うが、ここ最近約15年間ほどそれに直接的に触れ受けてきたものからすると、やはり詰め込み式のようなところが多いと思う。世界的な波に逆らってか、嫌、世界的な波がそうであるのか、社会的のみならず教育までもが全国的に均一化され、統治され、大きな流れがそこにあって、流されからはみ出た途端に社会の穴に陥れられる。そんな状態にまだ主なところはあるのではと思う。ところ変わって北欧の教育はどうか?私が少しでも知っているのはswedenについてであり、他の国について詳しい訳ではないが、話を聞いている限りでは一応この周辺国の教育観は似ている。北欧の教育は、それが始まる幼少期=幼稚園時代から、本人に時間を与え、自分と向き合って対話させながら自律させる教育。親の目があって、社会的な目があって、行う勉強でない。だからこちらの学生になぜその教科を勉強しているのと聞くとよく帰ってくる答えがこれだ。「なんでって?好きだから。興味あるから。」いくら国際学生向けに開かれている英語による授業があるからといって、こちらの大学は、そういった学生たち、勉強が個の人生の一部に過ぎず、自律の訓練を受けてきた学生たちが集う場所を目的として当初建てられている。具体的に言うと、日本の大学とこちらの大学では「講義と自主学習」の時間がほぼ真逆の割合にある。朝から夕方まで、授業が7時間、自主学習が2時間。朝から昼まで授業時間が3時間、自主学習が7時間。この生活の仕方の違いが想像出来るだろうか?いや、体感しないと難しいだろうとは思うが、違いを想像する目安にはなると思う。授業に追われて・・の生活なら身を委ねりゃいい。だが自主学習時間が多いという事は、否が応でもその分野を探求心がどれだけ深いかが問われる。もちろん、落とすのは自由。学部なんてない。卒業年度も科目によってバラバラ。勉強を強制する習慣も、この時間まで学校にいなければならないという決まりも、チャイムも、敷かれたレールも、ゆるくあるに過ぎず、一番の決め手は本人自身が常に握っているのだ。そこへ、前に載せた詰め込み式教育から来た学生がポンと一年間、勉強しに来ました~と来ればどうなるだろう。まだ日本で言うと大学生なんて自分の価値観の揺らぎ時。社会というものがひたひた肌に沁みて感じられて、価値観が揺り動かされ始めた時、若しくはまだそれが起きていない時に、いきなり頭を直撃する価値観の大きな揺れ、生活の揺れ、自分と向き合わされるたくさんの時間。多くの人が、男女間のもつれに巻き込まれたり、授業をたくさん取ってたくさん落としたり、周りの疲れの被害を受けたり、一定期すればこの地を離れ旅行などに出かけたり。自分のマネイジング次第。それらが本人の意志で分かってて、あるいはあとから考えてみて納得する点があって行われていれば、良いことだ。だが、これが自分の意志とは関係なしに、望んだ留学生活と違う。こんなはずじゃなかった。と自分を責める人がいればどうだろう?まさに地獄じゃないか。突然文化も社会も価値観も違う国から来て、「はい。これあなたが自分の道を自分で決められる鍵ね。どうぞ使って。」と言われ、自分の置かれていた状況から考えて、宝物のようなものを手にしたように感じながら、その鍵の扱い方、道の定め方が分からず途方に暮れ、違う道へ走りたくても走れず、よそからぶつかってきた道の人間のエゴに振り回されては突然身勝手に放り出され、ただ茫然と先の見えぬ道を言いようのない表情で見つめている人に若しも自分がなったら、さぁどうする?男女関係に走ろうったって、わりとラフな考え方をしている人が多く、ましてはサンボ制度があり離婚率約50%といったような国では、カップルなんてなりたくない。結婚なんて夢じゃない。むしろ面倒だ。そんな考え方のところへしがみつこうったって、先に放り出されるケースも、多々あると思う。勉強に走ろうったって、その勉強がどれだけの価値を持って自分の一部になるか見いだせぬまま時間潰しに使っていては、ただの時間の浪費物として感じて、後に残ることだってあると思う。勉強した事が、必ず将来の生活を支えるなんて限らない。社会は常に変化していて、いつだって人の人生を裏切れる。人の力になろうったって、人間一人の力なんてそんなに大きくないわけで、自分を支えながら人を支えたとして生涯を費やして支えたとして、たった一人や二人。それが分からないまま人に翻弄され自分の根っこをそぎ落とされるだけの苦痛に変わることも、あると思う。旅行に出かけたとして、何のためにここへ来たのか。あとあとまで疑問に残り、良いものに触れた思い出が、苦しみに変わる事も、あると思う。そんな苦しみに一度はまってしまっては、どうすれば良い?抜けようにも、頼れる相手を探しても、皆自分のことでいっぱいいっぱいの状況に置かれては、どうすれば良い?もうあとは自分の力しか頼れるものがなくなるのだ。その力を自分で測るために丁度よい器具なんて、学校の実験室、適当な理由つけて自分に向き合うこと避けて育った嘘だらけの大人の言葉の中を探して、一体どこにあっただろう?

北欧留学。
ここへ発つ前の日本を体験して予想されることとして、これからまだまだ、人気になってきそうな分野である気がする。だからこそそうなる過程にある今、それを実際経験し現実世界に触れているものから少し言葉を残しておきたい。憧れが生むものが必ずしも全てバラ色の生活、バラ色の人生へ導いてくれるとは限らない。正反対のものへ陥れられることも、ある。また最後に、ここにこの事を書いた自分の覚悟を、想いも、添えて。私は人へ忠告なんてする人間が大嫌いな人間だ。やってみなきゃ分からない。人に眠る可能性なんて、誰しも、本人にすら分かった事でない。始める前から否定的な事を言うなんて、馬鹿げてる。ついでに言うと、こんな真面目な頑なに考えた文章を書くのも嫌だ。ほっといても真面目に走る傾向あり。出来ればなるべく力を抜いて生きる訓練がしたい。それでも現実、涙が凍るほどの現実に触れてしまった。大事な人が、ここから居なくなった。自分でも、本人の気持ちを思うと悔しさとかやりきれなさ、後悔、やり場のない怒り、そういった言葉で今の気持ちが片づけられるのかどうかすら、今は分からない。だから、恐らく消えないであろうが、この気持ちが時を経って薄れぬうちに、なるべく一人でも多くの人に伝えられていくであろう北欧の憧れの裏にある現実を伝えて置くために、書かずにいられなかった。

本人はまだまだ納得いってない点であるのかもしれない。それでも、私からみて、よくぞ限界まで頑張った彼女に、敬意を表して。

ここで生活する、向き合いがら闘いながら生活を送っている留学生一人ひとりへ、敬意を表して。

そして日本で、世界中で、それぞれの国の文化と付き合いながら生きている、全ての人に敬意を表して。

「北欧留学への注意・喚起」

                                       2010/04/06 sweden留学8か月目   角田 萌