句解31霽・烹る事
秌(しう)湖(こ)かすかに琴かへす者 (前句再出)
烹(に)る事をゆるしてはぜを放(はなち)ける 杜国
前句、琴を「かへす」を、鯊(はぜ)を「放す」とする会釈(あしらい)です。
言葉の言い換えは雰囲気をそのまま残留させながらシーンを移す方法で理解の助けになります。
なお、前句では「かへす」を「応答する」と見ましたが、ここでは「かへす」を「返す」と見(み)替(か)えています。この点が連句の大きな特徴で、日本語の多義性を利用して意味を多層化する「コトバの和音」ともいうべき手法となっているのです。多義化は、意味を一言(ひとこと)では説明できなくなる、ということで、「説明」は複雑になった意味の内からその場に相応(ふさわ)しい意味を特別に一意(いちい)的に抽出して提示する方法になります。従って「説明」は便宜(べんぎ)的なものであり、そのまま単義的に受け取らず、都度(つど)、もとの多義語に戻して反芻(はんすう)することが必要であると思います。
ここでは「放つ」は「放棄する」に前句の「かへす」が重奏(じゅうそう)低音(ていおん)のように内包(ないほう)されているのです。
芭蕉は座の雰囲気にあわせて酔ったふりをしていましたが本当に酔ってきました。杜国は芭蕉の気遣いが嬉しく、もう心配いりませんからとサインを籠めて作ったのがこの句でした。「鯊(はぜ)を」は「はせを」でもあったのです。翁は破門しないでこころよくわたしを許して下さったのですね。
はぜ:鯊。沙魚。河口の汽水域の砂に潜るのでこの字を当てられる。三秋の季語。
———秋のみずうみ、古老は釣った魚を魚籠(びく)に入れないで、そっと湖面に戻してやっていました。
烹(に)る事をゆるしてはぜを放(はなち)ける (前句再出)
声よき念佛(ねぶつ)藪をへだつる 荷兮
「藪をへだてる」ことが俳句の雰囲気に相応しいと見えて、この頃の俳句にはとても多く見られますね。荷兮は芭蕉の杜国に対する気遣いに、脇で見ていて感動しているにだと思います。次回その辺を・・・