弥生尽はや日の火屋は无慈悲よや
———やよひじむ はやひにひやは むじひよや /
火屋(ひや):火葬するための小屋。焼き場。ここでは、日にちを擬人化している。
无(む/ん):不。否。無。
「ん」は辛うじていろはの最後の「文字」としての扱いを受け、辞書の最後に、1ぺーじに満たない分量で記載されています。「ん」は唯一、鼻音ですが鼻音は言葉ではないと考えられているのです。日本語では、単語のアタマにくることはありません。
「ん」は、打消しの助動詞「ず」の連体形「ぬ」の転、または、推量の助動詞「む」の転としてのみ存在するのです。平仮名の「ん」は、「无」の草体、片仮名「ン」は、「✓(チェック)」が転じたものだそうです。
きょうは、もう、弥生尽? 弥生も容赦なき焼き場ゆきの終焉とは切なかろうて。
弥生尽(やよいじん):「弥生(やよい)」は旧暦三月の異称ですが、新暦の四月ごろに当たります。「~尽」は晦日(ミソカ。月末のこと)の意味ですが、毎月あるわけではなく、弥生尽(三月尽・四月尽)と九月尽だけです。それぞれ、惜春、惜秋の特別の感慨をこめた楚辞となっています。弥生尽は、同じ日なのに「三月尽」「四月尽」ともいいます。
三月尽、四月尽はバッティングしますが、四月尽は、新暦になってできた新しい呼称なので両方混在するややこしいことになりました。新暦では「二月尽」というヘンな呼称も使われています。
調べれば調べるほどニホンゴはいったいどうなってるの?という感慨に囚われますが、そこが面白いところでもあります。