このホテルは格式があるのかただ古いだけなのか、よくわからない。
へやへ通されてもよくわからない。
つまり建造物というものは一般に古くなるにつれて「格式」は「様式」に変貌するということのようだ、と仮設づけて、格式は様式化し様式は格式かする、と手帳に書いてボールペンをノックした。ペンはジャブで「バッチリ!」と返した。
北欧はエトランジェを哲学者もどきにする。
ボーイが電気スタンドを点灯しながらボクに目配せ、し、湯殿へ案内し蛇口をひねって湯を出しながら、ね、ね、と目配せ、し、ほかも、ね、ね、がつづき、ボクの顔を見て大体こんなところだが、なにか質問があるかという眼つきをする。ボクは何もないという眼つきをする。じゃあという眼つきをしてカギをわたして寄こすがモジモジしている。
メイドやボーイが吹っ切れない眼つきをしているときはチップを渡さなければならない西洋の仕来たりがある、と「速習英会話の栞」にあったのを思い出し、今着いたばかりでクローネの持ち合わせがないと手まねでいう。変な顔をしている
あとで知ったことだが、オカネを表現するのにわれわれは親指と人差し指で輪をつくるが、これがまずかった。
この仕草は男性同士の性愛を意味する。オカネをあらわすジェスチャーは親指の腹と人差し指の腹をすり合わせる仕草(お札を数える仕草)でなければならなかった。
窓から外を見る。すぐ日本人は窓を開けるが、やたらに窓を開けてはいけません、支配人が飛んできます、と「栞」に書いてある。だからここは見るだけにする。
眼の下が運河になっていて左手にはね橋というのかマストの高い船が通るときごんごらごんごらと道路が巻き上げられる仕掛けの大橋がある。あとで調べたらランゲブロというらしい。この橋を境にしてアンデルセン大通りがアマゲール大通りと名前がかわるから、ごんごらごんごらで道が切れるとろが管轄の境界なのだろう。
そうそうチェックインするときレセプションからメッセージが届いてますよと渡されていた紙片があった。
HBH社の社長からの言伝(ことづて)だった。
あなたを歓迎します。娘の帰省祝いがあって空港に出迎えにいけなかったことをお詫びします。お疲れでしょうから今日のところはゆっくりしてください。打ち合わせは明日十時にお迎えにあがります。
ようこそいらっしゃいました。 ハンセン
日本国・丁抹王国の懸け橋たるの任に一抹の不安を覚え、ごんごらごんごらとつぶやきながらベッドに横になった。