『心の水平線』~MindExpander 梅の「心のストレッチ」 -8ページ目

『心の水平線』~MindExpander 梅の「心のストレッチ」

心が「こって」はいませんか?「 MindExpander~心のストレッチャー梅」 あなたを心の水平線に御案内します。あなたの心を解きほぐし広げます。空を行く雲のように悠々と往きたいものですね。梅はAC、引きこもり、アルコール依存症他アディクションからのサバイバーです。


『心の水平線』~MindExpander 梅の「心のストレッチ」



「あたしが居ないと・・・だめなのよ。」


子供に、パートナーに、或いは不倫の相手に向けて・・・


そう思っていたら「愛」ではなく「共依存」。


「あなたが居なくても、相手は駄目じゃないですよ」


実は

「その人が居ないと、 あなたがだめだと思い込んでいるんでしょ?」


ご自分を自分が受け容れ、相手の事は相手に任せ


御自分のしたいこと、楽しみを見つけられるようになるといいですねぇ。


自分の為に時間を使ってあげられるようになるといいですねぇ。


ゆっくり行きましょう。



                MindExpander梅









 昨日、僕はあるご婦人と半日一緒に過ごさせていただいて、その方が素晴らしく成長されている姿に驚嘆、感動しました。

 一年ほど前に知り合った方で、僕のつたない日記とブログを読んで学びにして下さっていると伺って、こちらこそ育てられている事に感謝感激でした。

 食事をしながら語り合った内容は

 「何度失敗しても明るく積極的GO!GO! の ポジティブという感覚とはまた違って

 逆境が自分を変えるきっかけを与えてくれると気付けて

  辛い・苦しい・嫌だ・取り去りたい・こんなの無くなれ・・・と
 感じるばかりだった失意の現実に 

 自分を育ててくれるかけがえのない体験として向き合えるようになる。

 それが本当の《前向きになる》ということですよね。」

 というお話だったのです。

 彼女は現実を受け容れ、御自分の意識を変えること

 「すなわち ご自分と和解すること」で

 むしろ、力ずくでどうにも変えられなかった状況を好転させていました。

 ご自分と和解し、自分の意識を変えたことで、現実との関係、相手との関係は変り、事態は好転しました。


 彼女はそういう自分の経緯から

「自分に出来る事、提供できる事で誰かのお役に立てるなら喜んで用いてもらいたい。」

とも話してくれました。


 死んで生きている姿から、

 命を使って生き切る方向に向きが変えられたようです。

 御自分の人生からの問いかけに応えたのです。


 心から尊敬できます。


 そして話を伺えてこちらが命を注がれました。



 僕の歩んできた道、伝えてきたことは間違いがなかったと、感動しました。

 これからも頑張っていけると実感。

 お互いが学びに恵まれ与え合い、癒されて、力を分かち合えた一日でした。

 

  


「平安の祈り」

神よ 私にお与えください。
変えられないものを 受け入れる落ち着きを、
変えられるものは 変えてゆく勇気を、
そして二つのものを 見分ける賢さを。




THE SERENITY PRAYER

God grant me the serenity to accept
the things I cannot change,
courage to change the things I can,
and wisdom to know the difference.




             ラインホルド・ニーバー

 

『心の水平線』~MindExpander 梅の「心のストレッチ」


 7/20 ヒューマンギルド  http://www.hgld.co.jp/  にて
 「回復と成長」という題にて1時間45分お話させていただきました。


http://blog.goo.ne.jp/iwai-humanguild/e/8dd7f3b9d2f878b74db5f3159add8a06



 伝えたい内容が多かったため、聴いてくださった方に
「これは、日常で良くあるこういうことなんですよ。」
と、納得してもらえるようなエピソードを充分に入れたかったのですが、割愛せざるを得ませんでした。

 ともあれ「共依存と機能不全家族、アダルトチルドレン、アディクションについて今までブログやミクシィで(敢えて)語らなかった最新の視点からの回復へのモデルを論理的に示す、雛形を提示出来たと感じています。」

 「人生観の大転換を求められているのが全人類である事」 を


 「トランス・パーソナル」に繋げて語ることが出来ました。



 あらゆる逆境・災厄・どん底が
「我々を人生観の逆転に招待してくれている事(導いてくれるのではなく、あくまで我々自身が応えていく)を
 これからも、更に洗練させて、伝えてゆきます。」

 それなくして
「単なる自己実現を求めるなら、アダルトチャイルドからの回復も、アディクションからの回復も、虚しい絵に描いた餅になってしまうでしょう。」

 最後に、
 「鬱からの寛解」についても
 「脳機能とセロトニン仮説を踏まえて
 『SSRI(選択的セロトニン再取り込み疎外薬)により前向きでポジティブになること』が、「その人の人としての成長」を疎外するかもしれない事まで
 アディクションとの関係で話したかったことを、ここに書いておきます。

 聴講してくださった皆様、機会を与えて下さった岩井先生
 あらためてお礼を申し上げます。

 ありがとうございました。


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前回の「子供が心配」という記事で

かって僕自身が母に

「俺のことにかまけないで、あなたは自分の事をやれよ!!」

と怒鳴った事があると書きました。


それでどうなったと思います?


何も変りませんでした。


母もですが、僕自身もです・・・。


物理的に「共依存関係にある者」を離れさせ

お互いが「自分自身の生に向かい合う形にすることで」


自分の課題(=自分の人生です)を強制的に引き受けさせ

「回復への道に繋がることがある」という例を書きました。



 ところで「不安」という言葉の反対語は何だと思いますか?


「安心」? 半分正解ですね。

 それは状態について言っているに過ぎません。



「不安」に対する、積極的で、現実に有効と思われる態度を含む反対語は「信頼」と言えます。


 《信頼は相手の生を相手に任せることで

  相手の力を信じ、自分の不安に流されないという自覚的な態度です。

 白紙委任状と言えます。

 どうぞ、あなたの思うようにおやりなさい。

 私はあなたがどのような過程で、どんな結果を出しても支持します。

 ということです。


 この信頼に似ていて、全く違っているもの・・・

 信用という言葉があります。


 信用は相手に任せるのではなく、自分の注文を相手が履行する事に拘泥しています。

 白紙委任状ではなく「債券」です。


 債券を発行しているから

 相手が履行できるかヤキモキするのです。

 子供が心配(正しくは、自分が不安)→実は子供に債券を発行してるからなんです。》


 (とはいっても親子の関係で、子供さんが小さければ小さいほど、相手に任せ切るという事が出来ない局面は大きいのも確かです。

 乳幼児は自分の事をまだ自分が出来ませんからね。

 ですから技術が要ります。

 いずれ書き綴って行きます。

 ただね、いつまでも「親が自分の子どもを、赤ちゃんだったり乳幼児に見ているかもしれない」

ということはあります。)


共依存関係にある親子では、

「親はいつまでも子供を信頼せず、世話焼きをしたがります。」

「子供は自分のしたいようにしようと感じる反面、いつまでも親に面倒を見てもらわなければどうにもならない自分」という「アンビバレント(両価的な生)」なところで躓いてしまいがちです。


気がついた方から「自分の生を、まず自分自身が生き始める事です。」


どういうことかと言いますと


僕の場合 「俺のことにかまけないで、あなたは自分の生を生きろよ!!」と怒鳴っているうちは

母も僕も変わりませんでしたが


 《僕が、彼女を相手にするのではなく、

 自分を受け容れ、僕自身の生を生き始めたなら

「彼女は僕を見て、安心しはじめ、自分の事をし始めた」のです。》


 簡単に書いていますが、そうなるまでに彼女だけではなく僕自身の抵抗がありました。


 僕のアルコール依存症も

自分からすると「現実からの逃避」でありましたが

母からすれば「いつまでもあたしが面倒を見てあげなきゃならない子」を僕が実現していたとも言えます。


いつまでも「共依存関係で居よう、《そこ、コンフォート・ゾーン》に留まろうという無自覚な生からの抵抗です。」


 母は子離れ(それに先立っては自身の親離れ)、僕は親離れしようとしなかったと言う事です。


 「信頼」できない人(しようとしないというのが正しいのです)に

 「信頼しろ」と言ってもどうにもなりません。

 

 さっさと自分の生を自分が生きて輝いていくと

 不安の塊のようだった彼女が 安心しだしました。

     (やれやれっちゃあ、やれやれですが。)


 親への恨みを手放せるようなら、そのほうが良いというのも

こうして自分が自分を引き受け、生きていく上で必要なことだからなのです。


 無理苦里に「赦しましょう」と発信したのではないのです。


 現実、苦しいところにいる方に「親への思いを手放すべき」など言えません。

 段階が在って当然です。


 「今は棚の上に上げておいて、向き合える日が来たならそうしよう。」

 

 それで良いのです。

 その人には「その人の時」があります。


今でも、母は僕にかまけようとし、入り込んで来ようとしますが、そこは僕が穏やかに毅然として断わります。

 

 もう「感情を爆発させて締め出そうとするような事はしません」

 それは相手の共依存に反応し、巻き込まれていると言う事でしかないのです。


 こういう見えざる構図に気付き、自分を生き始めて、回復、成長して来たと言う事です。


 子供さんに「自分を好きな大人、みんなとたくさん分かち合える大人、大好きな事を自分で見つけて進んでいく人」になって欲しいと考えるなら

 「ご両親がそう生きることです」


 技術はあくまでその土台があってこそです。

 そしてあくまで相手の事は相手の事。

 操作しようとしないことです。

 子供でも、職場の同僚でも、配偶者でも

 「共同の課題ではないなら」         

 相手の事は相手に考えさせ、決めさせ、実行してもらいます。

 その結果も「あなたが背負うのではなく、相手に受け止めてもらうのです。」

 そういう関係にし、それを伝えるために技術が要るのです。


 自分の無自覚な生だけでは、行き詰まりがあって当然です。

 

 当たりまえっちゃあ、当たり前でしょ?

 その人の人生は「その人が責任を持つ」。

 それが基本です。

 


 

  「相手を変えたいなら、まず自分から・・・」


  でも、相手が変わる事を目的にはしない。


 相手がどういう在り様であれ、それは相手の自由。


 その人に任せること。


 あくまで、自分が自覚して主体的に自分を生きること。

 それで相手が変わるなら、それでよし。


 長々と書きましたが、


 自分が輝いているなら、周りも輝いて行く。


 ということなのです。


 




       


  MindExpander梅



『心の水平線』~MindExpander 梅の「心のストレッチ」




「心配」ってね、「危惧」「不安」とは違うんです。


辞書で調べると「不安」とほぼ同じ意味合いになっていますけれども、

心配と不安では「こちらからすること」と「受け身で感じていること」という大きな違いがあります。


心を配る、心配りをする、という意味があるのです。


ところが世の中のほとんどの方は

「子供のことが心配で・・・」と

「御自分の不安を言っていることが常」であります。


心配=心配りをせずに、ただ自分の不安を子どもにかぶせている事が多いのです。



親、とくに母親の不安は子供が小さければ小さいほど「子供にたやすく伝染します。」


「子供が心配(実は自分が不安)」=「子供を信頼できない」

                  ↓

「親が見ていられず先回りして手を出す」

                  ↓

「子供は自分の力を出す機会が奪われる」

                  ↓

「子供は自分を信じられなくなる」

                  ↓

「先取りで物事に不安を抱いてしまう」

                  ↓

「自分の子どもにも同じ関係を無自覚で」


 はい。 スパイラル完了(笑)


この構図に陥っていると

「子供は自分が何をしたいのか。何を求めているのか判らなくなってしまいます。」


笑い話のようですが「母子カプセル」から抜けきれない娘さんが買い物に行って

「ホントは欲しいわけじゃないのに、要らない物をつい買ってしまう・・・。」

こんなことにも繋がるのです。

 僕も15年位前まで「迷って、判らなくなり、さんざ悩んで欲しくないものを買う人でした。」


夢や目標を持てず、他人の眼に自分がどう映るかということのみに拘泥してしまう辛い生き方になりがちです。


こういう方は「愛情に飢えている事すら自分でも気が付けないで、誰かに助けを求める事すらしようとしない場合があります。」

辛いですね。


 「これはこの子がしようとしていることだから、簡単に手を出さず、チャレンジしている事に着目して、結果が大人の眼から見て上出来かどうかに着目すべきではない。

 私の不安は私のもの。この子にはこの子の人生をやり遂げる力が既に在る。」


 この、信頼という土台があって、

 子供が育っていく方向に

 「人生の先輩として、親子の関係を自覚して造っていく事が、

 言葉の真の意味で

 心配する=心を配る、ということです。

 当然、学んで人間を知り、《育てる、愛する》技術が必要になって来ます。」


 

 職場でもなかなか後輩に仕事を任せられない人が居ますね?


 「明日俺休むけど、大丈夫だよね? あいつ、大丈夫かなぁ~~・・・。」なんて言ってる先輩、見たことないですか?


 これ、「その人の不安でしょ? 後輩に一通り教えて毎日やらせてるのに信頼して無いんでしょ?」


 こうして「親子の関係ではなく、他人同士の関係を見ると一目瞭然です」


 《これの何処が 愛情と関係あります???》


 子育ての技術と、成人同士の職場での人間関係で必要なスキルは根本的に同じです。

 そして、子育ては「自分育て」であり、大人同士のコミュニケーションにも合い通じています。



 僕は母に「俺のことにかまけないで、あなたは自分の人生をやれよ!!」と怒鳴った過去があります。



 親御さんも、共依存により苦しむ、その子供の側も「実はどちらもが親離れ(=子離れでもあります)ということが出来ていないのです。」


 この「親離れ(=子離れ)が出来ない」

「共依存関係である」ということから起きてくる「アディクション」


すなわち「依存症」と呼ばれる問題行動からの回復に際して「課題の分離」ということが大きなポイントになります。


お互いがコントロールしあう関係、権力闘争の泥沼、世話焼きのし合い、境界線のない持たれ合いから物理的に断ち切ってしまうのです。


 アル中のダンナと奥さん・・・

 奥さんがいくら酒を止めさせようとしてもやまるどころか酷くなる一方だったのに、

 別居してお互いの事(人生)を自分がやる事にすると、不思議とダンナは「否認から抜けて、回復への道を行きます」

 

 摂食障害の娘さん、世帯分離させ、親元から出してアパートでの一人暮らしに移行させると、紆余曲折あっても徐々に力を付けて自分を受け容れ始めます。


 愛と自分の不安を混同している事が間違いの元です。

 難しいですね~~(笑)


 またこのお話もいずれ詳しく。


 

      MindExpander 梅