凍るように冷たい風を感じながら、加茂川を二人で歩き、


白川のフランスレストランに向かった。


一眼レフのカメラ ニコンF3 のお礼にと


デレックが提案したから。。。


落ち着いたダークブラウンの木製のフレームのアンティークなドアを開けると


店の中は 静かで 暖かく、冬の午後の日だまりにいる心地よさがあった。


シェフと、一人のウェイター以外には 誰の姿も見受けられなかった。


魚のコースを二人とも選んで、グラスで白ワインをオーダーした。



向かい側に座った デレックの頬は 透けるように白く、スコテッシュらしく紅潮している。


金色のかすかな産毛 、 睫が 穏やかに輝いている。



「だんなさんの 今日の行き先を知らないっていうのは どういう事???」


と不思議がられて、


私と夫の 暗黙の了解が沢山ある 少し変わった結婚生活について


ポツポツと 私は語りだした。


「特に深い意味はないけれども、夫は 自由であることを 好むので、朝出かけるときは

一応、毎日仕事 って感じで出かけるし、何時に帰ってくるか 聞かれることを拒む。

夕食は 毎日外食してくる。

行き先、帰宅時間、については 一切 聞かないことにしている


と、話していると、


私は なんだか 私は 自分が本当に 愛されているのか? と


これまでは、疑問に感じていなかった 大きな疑問に心が占領されだした。


私も ある程度 自由だから こんな結婚生活は 楽でいいと 喜んで受け入れていたのだが、、、、、



私の話をデレックは 静かに 耳を澄まして聴いてくれた。


熱心に 聴いてくれた。




ウェイターが 次々と お料理を出し、お皿を引き、その態度は とてもプロフェショナルで、


何も話は 聞いていませんよ 的な そんな 優しささえ感じられた。



以外にも デレックは 私に 同情しだしたようだ。



日本人の妻って 大変だなって かんじかな



ゆったりとした 長いランチ。日常から 切り離されたような 空間。




デレックと 私は 彼の部屋に向かうことにした。

デレックがカリフォルニアのワイナリーに


行ってしまうまで 残すこと2ヵ月。 8週間。


恋に落ちた女性が  人生の進路変更をして 一緒にアメリカに渡る準備をするには


きっと ある意味十分な期間だろう。が、


私には すでに夫と二人の幼い子供がいて、彼はどうやらアメリカ人の妻との離婚手続き後


彼の今後を見つめなおすために ワイナリーでの生活を選んだという 状況。



あと8週間したら もしかしたら 永遠にデレックに会うことはないかもしれないという、


切羽詰った気持ち。 引き裂かれるような心。


これからの8週間といっても、私には同居中で面倒を見なければいけない、五歳の甥がいる。


妹が仕事の平日は 外出不可という 現実。



それを思うと、私はますます 彼に恋焦がれてしまう。


帰り際の車の中で、


「今度は、いつ時間がとれる?」


と聞かれて、言葉を失った私であるが、その瞬間から


私の頭は どうやって どうやって 時間を作る すなわち、家族たちに嘘をついて


デレックに会いに行こうか?


その 罪深い考えに占領されていた



デレックが 前回のデートのときに、カメラ屋の前で、見とれていた一眼レフのカメラ。


ニコンF3。 かなり古いモデル。


デレックは デジタル人間ではなく、あきらかにアナログ人間だと思った。


私は 本当に驚いたのだが、そのニコンF3 を 所有していたのだ。


何年か前に 手に入れた大切な宝物だった。


カメラに興味を持ったものの、私にはとても歯が立たずに 興味が薄れていく中で


突然 シャッターが下りなくなり、 それっきり押入れの奥深くで眠っている。


早速 私はカメラ屋に持っていき、修理を依頼した。ことのほか見積もりが安く、


修理して デレックに贈る事に決めた。



ニコンF3は さながら白雪姫だと 思った。長い眠りから目覚めて


デレックの手の中で ハッピーになるのだ。


翌週、土曜日、英会話スクールに行くと、妹に家族に嘘をつき


子供を預けて、デレックと加茂川沿いにスターバックスで待ち合わせた。


夫は たぶん仕事。たぶん競馬? 私は知らないのだ。聞けないのだ。



スターバックスで一番奥の、窓から冬の情緒ある加茂川と、三条大橋がを見渡せるテーブル


を選んで、デレックを待った。


デレックがカメラを手にしたときの 輝いた青い目。


以前訪れた、レイクタホの湖のように 澄んだ静かなブルーに輝く瞳で 私を見つめて。


心からの ありがとう を言った。


デレックが 私の夫は仕事か? とたずねた。


「知らないの」「たぶん仕事」「よく知らない」


「エッ??」




店を出て、被写体を求めて


冬の鴨川を歩いた。


冬鳥がいたるところで空を舞い、


あるものは、水面に浮かんでじっとしていた。


大きな白いかもめ。


私は 学生の頃に読んだ かもめのジョナサン


あの頃は さっぱりとその本の意味がとれなくって自分にがっかりしたことを思い出した。


きっと 今再読すると 理解できるような気がした。



川べりの空気は 心底冷たくて震えたけれども、


ほほに感じる 冷気は心地よかった。心も体も 情熱で、恋で、アツくなっていた。


今日も暖かいベッドに デレックと滑り込めたら、、、と。