沈黙の後、


デレックが、why don't we take a nap? 昼寝しない?


と、私の手をとって、もう片方でキャンドルの蜀台を手にして


廊下をゆっくりと歩いて行った。


彼と 別居中の妻の寝室。


全面洋書の本棚。 曇り空の冬の夕刻、北側のその部屋は 静かに暗かった。


キャンドルを灯した。


羽毛布団をカサカサと鳴らして、布団に滑り込んだ。


温かい。静かに抱き合って 横たわる。


キスをする。体を撫でる。抱きしめる。


デレックが ネイビーのセーターを脱ぐと男性の香りが立ち込めた。


頭の中は 妙に冷静だった。



彼が腰を密着させて、くねらせる。 少しずつ、激しく。



しばらくして、


「やっぱり、出来ないよ。君にはあんなにいい ハズバンドがいるのだから・・・・・」


といって、彼は静かに 横たわった。


その理性さ、に 少し安心し、落胆した。 


そろそろ 家に帰らないといけない時間だ。


子供が 私の母と待っているだろう。



洋服を整えて、ドレッサーの扉をあける。


彼が選んだマフラーは 赤のタータンチェック。スコットランド系カナダ人の彼にはとてもよく似合った。




家の外に出ると、雨が降り出していた。


車に乗ると、すぐに、キスしてきた。さりげない、名残惜しげなキス。


駅までの道のり、ほんの十五分の道のりのドライブは


私にとって、これまでの人生で一番の ドライブだった。


走り方が 個性的だ。喜々としている。ハイテンションだ。



いつもは トヨタの3ナンバーの 夫の助手席で、ゆったりと静かな走りを享受していた。



人は ないものねだりなのだろうか?


新しい体験は あまりにも 衝撃だった。


駅の近くで、


デレックが お礼をいった。


今日は 僕たちにとって 素晴らしい日だったね。


来てくれた勇気にありがとう。と。


そして 長いキスをした。




電車に乗り、家路に向かい。


私は 混乱していた。人生の窮地に立たされていたみたいに思う。


自分で蒔いた種は 自分で刈り取らねばいけない。


私は、 なんてことをしているのだろうか?


それにしても、、、、、、、、



本当に デレックとの時は 美しかった。

恋愛が始まろうとする時は、不思議と二人の都合が次々合って


心も体も 転げるような恋に落ちていくものです。


映画のデートの日から一週間たたずに、


彼の家を訪れることになった。


それは 私の口から 不意に出た一言から実現したのだけれども。



家に行く前に、待ち合わせた 北山のカフェ。


短いチャットの後、デレックの提案で 植物園へと向かった。


冬の鴨川。ところどころにある 段差に落ちていく水は凍りそうに冷たいしぶきをあげていた。


向こう岸に渡るのに 橋を渡らずに、飛び石を渡っていく。


恋をすると 何故か出てくる 子供じみた はしゃぎ方。


恋をすると 真冬の冷たい風さえも 感動。


植物園の温室に入ると、不思議なことに 私たち以外には誰もいなかった。


一歩は中に入ると そこは亜熱帯の世界。 その熱い空気に 何度も訪れたハワイを体が思い出す。


と 心も体も リラックスして、すっかり日常から隔離されて


ワタシは、人妻なのに、デレックと共有するこの時を いとおしく感じた。


「ランチはどうする? どこかイタリアレストランでもい行く? それとも 家でスパゲティ作ろうか?」



わぁ、これまでの人生で男性に料理を作ってもらったことなんてない!


「家がいいかなぁ?!」



タクシーを走らせて、彼の家に。


外見は普通の日本住宅。


一歩中に入ると、、、異次元だった。


シルクロードと、アメリカと、カナダと ジャポンが 合体したような不思議な空間。


壁一面を埋め尽くしている洋書。


キッチンには なんで? と思うほどの数の包丁がラックに納まっていて、


ガーリックがどっさり ぶら下がっていたり、


ワインも数限りなく並んでいる。


キッチンで 彼が手際よく、スパゲティを作り出した。


引き出しから テーブルマットを出して、


ささっと 引く。


ミュージックをすぐさま 流す。天井から吊り下げられた スピーカー。


ワタシは 木製の小さなツールに腰掛けて 洞窟のような キッチンの空気を満喫しつつ


彼のしぐさに見とれていた。



スパゲティ、ワイングラス、そして


部屋中にともされた キャンドル。


目の前には ブルーの瞳のナイスガイがいる。


女が恋に身をまかせるには あまりにも環境は整っていた。


食事の後、彼が


「what do you want?」 と聞いて抱きしめてきた。

デートスポットでお馴染みの 加茂川沿いを ロマンチックに歩い後、


冷え切った体を温めるために、スターバックスに向かう。


街は師走で 道行く人たちは ゆったりというよりも、あわただしく 買い物を済まし


足早に駅へと向かっているように見える。


途中に あった輸入物の雑貨店の前を通過したとき


デレックが 「あっ、ちょっと寄ってもいい?」と聞いたかと思うと、


さっさと 二階へと上がっていく、そのしぐさから馴染みの店であることがうかがい知れた。


熱心に 


イタリア物のガラス製の暖かいオレンジ色をした小さなランプを見ている。


「これ いいよねぇ?」


これまで 私の夫となった二人に こんな趣味なんてなかった。


インテリア雑貨に それもどちらかと言えば 女性的な香りがする


ランプを欲しがる男性なんて その当時の私には 衝撃だった。


その嬉しい驚きがどこから 来るのかが 今なら少し説明できる。


私は たぶん 十歳ぐらいのとき、あるいは、十三歳ぐらいのとき


何故かランプが好きで とてもロマンチックな白い小さな陶器のランプを買った。


真新しい白いロープの芯に灯をともした瞬間。そんな断片的な記憶がよみがえる。


当時は思い出さなかった、私の中にあるランプへの憧憬が


彼の ランプに対する関心とリンクしたのだろう。



その彼の言葉を聴いた瞬間


言葉が勝手に口から出てきた。自分でも自分の言葉に少したじろいだ。




「家に遊びに行ってもいい?」


いいよ! でもどっちの家がいい? 今の僕の部屋? この前までワイフと住んでいてちょうど今


ワイフの旅行中で 寝泊りしている家?」


「えっ? 別居してるの?」


あれ? しらなかった? 二ヶ月前から別居している」


「どっちでもいいよ」


家に行ってもいいかと 尋ねた瞬間には


私の意識の中では 夫に対する罪悪感もなく、男性の家に行くという 隠された危うさなんて



想像していなかった。ただ 純粋に この人は いったいどんなインテリアに囲まれて


暮らしているのだろうか? その疑問と 興味からでた発言だった。


でも


おそらく 私の潜在意識は 全く違うことを予想し 期待し、求めていたのかもしれない。