植民地主義の助長か、近代戦争への助走か…
毀誉褒貶の様々なるイギリス産業革命であるが、近年ではやはり民主的な実り多き技術革新であったことが言及されている。

大きく俯瞰して産業革命によって世界各国間により明白な格差が生じた事は確かであろう。
発明された新動力の利便により、世界中に西洋医学と医薬品が行き渡り、それまで短命であった後進諸国の人工が一気に増大し一人当たりの土地の取り分が減少したためであるという。
土地分配の縮小はそのまま国民の所得を減らし後進国の国力はなすすべなく疲弊の一途を辿るのであるが、ドイツではイギリス産業革命の恩恵を剽窃や密輸によって尽く模倣しつくしてその国力をイギリスに比肩させる。
それに加え、ドイツは更にそれを活かす独自の技術を自ら開発したことにより国力は磐石となった。
徹底的な技術模倣を独自の技法により自前に転化する点において、日本の産業界が戦後復興の際に行った手法はドイツに非常によく似ている。

さて一方アメリカでは、産業革命のもたらす馬に代わる動力の時代を見据えた後の自動車王ヘンリー・フォードが、一部の金持ちの玩具から脱した価格の安い大衆向けの自動車の国産を目指した。

フォードについて最も特筆されるべきは、充分な賃金が新たな消費者を創出するという理念から、破格の賃金を自社の労働者に獲得させた点である。
労働者に対する賃上げは一見資本家の損失に見えがちであるが、労働者の得た賃金が社会全体に新たな大量需要と供給を提供するという経済循環を信じたフォードは身を以てそれを実践したのである。
作業効率を極限まで引き上げるために世界で初めてベルトコンベアに載せた生産ラインを立ち上げたフォードにとって、技術革新とは即ち大量生産ラインのためのものでなくてはならなかった。

かつて映画『モダン・タイムス』で喜劇王チャップリンが痛烈に揶揄したライン生産に就業する単純労働者の鬱屈や悲哀が高賃金によって購われることの是非はともかく、企業と労働者が共に繁栄するという理想を体現する素朴で素直な資本主義の申し子として、進歩と成長を誰もが信じられた資本主義の最も幸福な時代を生きた一人の起業家フォードのロマンは、不滅であろうかと思うφ(.. )

貧しい下層労働者の恋人同士が遥かなる道を行く『モダン・タイムス』のラストシーン
名曲『smile』のメロディは我々に静かに語りかける
労働は自由な幸福追求の手段であるが、人間の主体ではないのだと…


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無編集の極東軍事裁判-東京裁判の映像を見る。

パジャマに下駄履きで出廷し前列にいる東條英機の禿頭をピシャリと叩き大声で喚く大川周明の奇矯の姿が確認される。
太平洋戦争開戦を、12回に及ぶラジオ放送演説で直接的に煽動した罪状により、民間人として唯一戦犯となった思想家大川周明は戊辰戦争で賊軍となった庄内藩軍医の家系を嫌い故郷を斥け入学した熊本の学校で、学校の不正に対する義憤をきっかけに昭和維新への道を模索する。
大亜細亜主義の大義によって大川周明らが匿った事が縁で、祖国インドを追われた革命家ラース・ビハーリー・ボースは後に恋と革命の味と銘打ったインドカリーの元祖、新宿中村屋の入り婿となった…

さて、東京裁判自体についての評価は未だ日本人には心的に納得されざる留保の間に間にあろうが、国際法上に既定されていなかった「平和と人道についての罪」という罪状を後付けにした量刑が司法面からの視点には致命的な蛮行である事は確かであるが、そもそも戦争に敗けるとはそういう事ではないのか?
恋人の心変わりや裏切りや不実が何としても受け入れ難いと全否定するなら、最初から恋などしなければいい
私には同じ事に思えてしまう。

さて、戦争において敵を討ちして止まずという状態とは即ち、男性機能ホルモンであるテストステロンが最大限に体内に溢れた状態である。
殺戮とエロスを司るテストステロンの汪溢はおそらく戦場という修羅の場において最も高揚し、闘いの女神となって兵士の頭上に君臨し彼の言動の全てを差配するのである。
人道上や法律上に如何に唾棄されようとも、戦時下の陵辱や略奪は生物学上には人間の本能的合理に準拠した行動であり、事後の者がそれを正当に裁く事自体が先ずは不遜にして不可能な「僭越」と言わねばなるまい。

東京帝国大学時代に天皇列伝を書き上げ歴代天皇の功績を綴った国粋主義者大川周明の文人最後の仕事は意外にもコーランの全編日本語訳であった。

ムスリムの同胞の絆に世界統一の最後の可能性を見出だした大川のロマンが未踏の夢想に潰えたことは、現下のイスラム対自由主義の相克を見るにも実に憐れであるφ(.. )

大川の奇行について、真の精神錯乱によるのか延命のための偽装であったのか
真偽は未だ不明と聞く


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その昔、『走れコウタロー』という曲が大ヒットした。
曲中に挿入された公営ギャンブル廃止の猫撫で声は当時の東京都知事美濃部亮吉を真似たパロディであるが、その美濃部元知事の父にあたるのが、かつて『天皇機関説』で日本を揺るがせた帝国大学教授美濃部達吉である。

国を統治する主体は国家であり、天皇はその一機関に過ぎないとした『天皇機関説』は、日本を統帥する統治権の主体はあくまでも君主天皇にありとする上杉慎吉らの天皇中心主義と激しく対立する。
世界大恐慌による日本の疲弊を苦慮するに帝大の学生は美濃部を支持した。

そもそも帝国大学とは、大日本帝国建国のエリートを育成することを主旨としたものである。
機関を器官と解釈し使用人という意味に捉えて激昂した上杉は如何にも曲解であるが、帝国大学の学生が美濃部を支持するということは、即ちその後の日本の官僚が尽く美濃部の民衆主義を標榜することになるのではないかという学内外の危惧は、多いに理解される。

無政府主義に変態をきたす新思想は何としても食い止めなくてはならないという山縣有朋の主張に、美濃部との論争に敗れた上杉は追従し、同じく学内で疎外された右翼学生らの集結は、三井財閥総領團琢麿暗殺の血盟団事件へと帰結する。
こうして一連の上杉門下による事件続発から日本の大衆の民心は急速に右傾化し、血盟団事件の被告人嘆願には百万余の署名が集まるのである。

主権は国民にありとする学説は緩慢なる国家転覆の国賊であると断定する軍部を批判した美濃部は排斥され、天皇機関説を含む彼の著書全てが発禁となる。
貴族院議員辞職に至る美濃部に対し、昭和天皇は一抹の理解と愛惜を以て一人の学者の失墜を惜しんだ言葉が記録されているが…

思えば、上杉と美濃部の対立は構図として太平洋戦争勃発から敗北に至る歴史の始まりであった。
忠誠心により構築された国家に国民一人一人の忠誠があれば敗北は無しという国体論の残滓は、戦後70年以上を経た今も未だ壊滅に至らぬ事を折々に思う自身であるが、憲法に国民主体が謳われる以上、天皇条項には常に天皇制自体が根幹を失う危険が含まれているのである。

そして、其れを指摘する危険を侵す者は一向に顕れる気配無き日本の現状であるφ(.. )

鬱屈は同じくも、その先に目指す世界観の僅かな違いが相容れぬ平行線への分かれ目なのかと思う
秋めいた朝に

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