東日本大震災から4年が経ちました。
被害に遭われた皆様に心からお見舞い申し上げます。
2011年3月11日は50年近く生きてきて、
自分の中では最も大きな衝撃を受けた日でした。
当時、新宿西口ヨドバシカメラにいて
激しい揺れを感じて表に出たら、
信じられないくらい高層ビルが激しく揺れていて、
その揺れを見上げている人の数…
まるで映画のワンシーンのようでした。
そして、テレビで流れるあり得ない映像。
まさに地獄絵図でした。
毎日、そんな映像を見て、
震源地から少し離れた東京に住んでいても、
「いつ停電になるかわからない」
「いつ東京直撃の地震がくるかもしれない」
さらには
「日本、沈没しちゃうんじゃないか」
ぐらいの恐怖を感じていました。
停電、節電の影響もあり、まさに日本が
真っ暗な闇に包まれている感じでした。
しかし、復興に向けて立ち上がった
日本中、世界中の人たちのパワーで
徐々に闇が晴れてきました。
あれから4年。
それぞれの人生、それぞれ大変なことがあり、
東日本以外にも各地で天災による被害を受けたり、
不慮の事故やあり得ない事件に巻き込まれて
大切な人を失ったりしている方もたくさんいらっしゃると思います。
自分の人生を歩いて行くだけでも
結構、大変なことがたくさんあると思うんですが、
あの時のこと、あの時感じたことを忘れずに
生きていかなければいけないと思います。
未だに仮設住宅で生活されている方や
除染済みのゴミが街中に溢れている環境で
生活されている方が
安心して生活できる環境が一日でも早く整うように
心からお祈り申し上げます。
近江谷 太朗
被害に遭われた皆様に心からお見舞い申し上げます。
2011年3月11日は50年近く生きてきて、
自分の中では最も大きな衝撃を受けた日でした。
当時、新宿西口ヨドバシカメラにいて
激しい揺れを感じて表に出たら、
信じられないくらい高層ビルが激しく揺れていて、
その揺れを見上げている人の数…
まるで映画のワンシーンのようでした。
そして、テレビで流れるあり得ない映像。
まさに地獄絵図でした。
毎日、そんな映像を見て、
震源地から少し離れた東京に住んでいても、
「いつ停電になるかわからない」
「いつ東京直撃の地震がくるかもしれない」
さらには
「日本、沈没しちゃうんじゃないか」
ぐらいの恐怖を感じていました。
停電、節電の影響もあり、まさに日本が
真っ暗な闇に包まれている感じでした。
しかし、復興に向けて立ち上がった
日本中、世界中の人たちのパワーで
徐々に闇が晴れてきました。
あれから4年。
それぞれの人生、それぞれ大変なことがあり、
東日本以外にも各地で天災による被害を受けたり、
不慮の事故やあり得ない事件に巻き込まれて
大切な人を失ったりしている方もたくさんいらっしゃると思います。
自分の人生を歩いて行くだけでも
結構、大変なことがたくさんあると思うんですが、
あの時のこと、あの時感じたことを忘れずに
生きていかなければいけないと思います。
未だに仮設住宅で生活されている方や
除染済みのゴミが街中に溢れている環境で
生活されている方が
安心して生活できる環境が一日でも早く整うように
心からお祈り申し上げます。
近江谷 太朗