ではどういう時にウソをつく? | 柳生久志のブログ

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大阪で氣功を使ったオリジナル整体術による民間療法活動、世界的な古武道の武術指導、ビデオカメラを使った映像制作活動をやっています。

前回の投稿では、

「ウソつきとは付き合わない」って事を挙げましたけど、

ウソの内容が人としてどうなのかって事であって、

全てのウソをダメだという意味ではないとだけ、

この場を持って補足しておこうかと。

 

軽い冗談と分かるウソはその場を和ます意味合いで、

まぁ誰でもつくでしょうから、

そういうのは無しでね。

 

ハッキリ言いますけど、

人生でウソをついた事は一度もありませんって人は、

その時点でウソつきです(笑)

 

というのは私も状況によってはあえてウソをつく事、

よくあります(笑)

 

でも見栄を張ったような、

自分の肩書や経歴を偽って大きく見せようするような事とか、

人を落とし入れるようなウソはつきません。

 

ではどんな時にウソをつくか、

あくまでも私の場合ですけど、

まぁこんな感じでしょうか。


例えば仕事場であれば、

変に強情で性格に難があって、

作業効率を下げる従業員がメンバーにいた時、

その人が効率よく周囲と揉めずに業務を遂行させる為に、

方便としてウソをつく事ってあるでしょう。

 

あとは友人同士が仲が悪い者同士、

だけど自分とは双方とも友好な関係であった際に、

双方を引き合わして不快な想いをさせない為に、

知っていてもあえて知らないで通したりとかって、

ありますよね。

 

他にも周囲に知られては

マズイ生い立ちを抱えている友人がいたとしたら、

そんな時は後ろめたい想いをさせないで済ませる為に、

事実と違う事にして周囲との関係を築かせたりとかね。

(もちろんその人が本質的に良い人である事前提ですが)

 

あとはめんどくさい関係を断ちたい時とかに、

できるだけ周囲とミゾを作ったりせずに済ませたい際に、

やむを得ず…という感じとか。

 

あとは自分が知ってしまっていたとしても、

まだ幼い子が成長して生きていく過程において

知らないままの方が良いと見なせるような事があった際には、

知らないふりをして通しておくというふうな感じでしょうか。

 

できればウソなど付かなくていい生き様が一番理想ですけど、

そうもいえない状況って人それぞれ、

何らかの面である訳ですから、

それを守る意味合いであえてウソを付くケースはある訳で、

分かったらいちいちほじくり回すような意地悪な事をしてやるな!

っと言いたくなる人もいる訳ですね。

 

あくまでもこれは例えですけど、

中には生い立ちで逆恨みされた相手が刑務所にいるとして、

数年後に出てきた時にその友人に

危険が降り掛かるかもしれないとしましょう。

 

それを守る意味合いでウソをついて何が悪い!というと、

文句言えないでしょう。

 

あくまでも極端な例えですけど、

本当に必要な際においては、

私もウソはついてますよって事です。

 

まぁ要するに、
くだらない自分の私情を優先して見栄の張ったり、
虚勢を張ったり自慢したようなものとか、
詐欺みたいなものの為のウソが良くない訳であって、

全てのウソが悪いという意味ではないという意味合いで、

前回の補足ですかね。