なんかいる。という感覚。
子どもの頃。家の廊下の木目が人の顔に見えて、絶対に目を合わせないように、逃げるようにつま先立ちで通ったり、裏山でかくれんぼ中に、私の行く手を阻むように咲いてたユリの花が、恐ろしい怪物のように見えて、恐怖で大泣きしたり、小学校の下校中に、遠くに見える竹林が風で揺れて“おいでおいで”と、手招きしてるように見えて、怖くなって家まで猛ダッシュしたり、とにかく、ビビリな私でした。山間部に住んでいたので、遠くで雷が鳴り始めると、山全体が、雷と一緒にゴゴゴゴ、、、と、轟くのも、とにかく怖かった、、、。畑から帰ったばあちゃんが「雷様(らいさま)くるぞ!!!」と大声をあげるのも怖かった😭風で揺れるカーテンも、家の前を流れる川も、山から吹く風も、ポットの中のお湯も、コンロの火も、自転車も、学校の校舎も、プールも、トイレも、お風呂も、階段も、天井も、こたつも、座布団も、全てに「生きてる気配」をいつも感じてた。ほら、“おいでおいで”って手まねきしてるでしょ?家族はみんな、怖がりな私見て笑っていて。“なんかいる”っていう感覚を全く理解してもらえなかったけど、私は今でも、目に見えないけど、色んなものには、やっぱり“なんかいる”って思います。子どもの頃は“怖い”という感覚が際立っていたけれど、今は、私を“見守ってくれてる”っていう、感謝にも似た感覚に変わったなぁ😌